「データ分析なんて専門家がやるもの」「自分のキャリアにはこれといった強みがない」。そんな風に感じているビジネスパーソンは少なくないだろう。LINEヤフーでBIツールの活用推進を担当する石田千晶さんも、かつてはそうだったという。しかし今や、Salesforce(セールスフォース)が提供するBIツール「Tableau」(タブロー)のエキスパート、そしてユーザーコミュニティのリーダーとしての実力と実績が評価され、世界で50人にも満たない「Tableau Visionary」に選出されている。未経験からデータ分析の世界に飛び込んだ彼女を支えたのは、「Giverの精神」に満ちたユーザーコミュニティの存在だ。石田さんのキャリアとTableauの関わり、日本のTableauユーザーコミュニティの特徴、生成AI時代のデータ分析の在り方などについて話を聞いた。
――石田さんは2025年の「Tableau Visionary」に選出されました。グローバルでも46人のみの選出ということで、Tableauコミュニティのリーダー的人材として、知識やスキル、影響力が非常に高く評価されたということですよね。
石田 Visionaryになるための三つの基準というのが公開されています。まずは「Demonstrate Mastery」という、技術的に卓越しているかという基準です。ただ、Tableau Visionaryになるにはそれだけじゃダメで、自分の技術をコミュニティに還元できているかとか、次世代の人材を育成しているかという観点で設けられているのが「Teach in the Community」という二つめの基準です。最後の三つめが「Collaborate with Others」で、孤高の存在になるのではなくて、周りを巻き込んでいるか、コミュニティの中心にいるか、リードしているか、みたいなところですね。この三つの基準に沿って選定されると聞いています。
――ちなみにTableau Visionaryというのは、どういう経緯を経て選出されるものなんでしょうか。
石田 セールスフォースが選出するんですけど、エントリーは自薦も他薦もありで、エントリーフォームにこの1年間の活動を書いて応募するという流れですね。
――石田さんは今年が初の選出というわけではないんですよね。
石田 年に1回更新があって、今年は2年目です。
――Tableau Visionaryに選出されると、何か特典があったり、コミュニティの中での活動の仕方が変わったりするんでしょうか。
石田 活動自体はあまり変わらないんですけど、Tableauユーザーがこれだけ増えている中で、Tableau Visionaryってグローバルで40~50人しか毎年選ばれないので、その中の一人として選んでいただいたことはすごく光栄ではあります。一方で、ちょっと重みを感じる、責任を感じるなっていうところもあります。
Tableau Visionaryに選出されると、Tableauカンファレンスなどのイベントで、Tableauのエグゼクティブやプロダクト責任者と直にお話しできるような機会を設けていただけたりもします。製品へのフィードバックを(製品ベンダーの開発責任者などに)直接伝えられるというのは1ユーザーではできないことなので、すごく貴重な機会だなと思っています。
――石田さんは2018年からTableauを使い始めたとうかがいました。どんな経緯だったんでしょうか。
石田 私がTableauに出会ったのは前職時代でした。産休・育休明けのタイミングで、「データ活用の部署が新しくできてTableauを導入することになったので、推進担当やってね」と言われて。「Tableauって何? おいしいの?」みたいな感じから始まりました(笑)。ド文系でデータ分析なんて全くやったこともなかったし、SQLもよく分からない、読み解けない、書けない、みたいなところからのスタートでした。
――そこからどうやってTableauの知識やスキルを身に付けたんですか。
石田 周りにTableauを使える人はほとんどいなかったのですが、Tableauにはユーザー会があるということを知って。ただ、2018年とか19年時点のデータ分析界隈って、イベントに行っても男性ばかりでちょっと中に入りづらかったんですけど、(さまざまなユーザー会の中から)「Tableau女子会」っていうのを見つけて、「あ、これだ!」と。
実際に参加してみたら、サンプルのデータを使いながらTableauの使い方を覚えていこうとか、ダッシュボードを作ってみようみたいな、その時の私のレベル感にすごくマッチしたユーザー会でした。本当にタイミングが良かったんですけれども、Tableau女子会の中でいろいろなスキルを身に付けていった感じです。
――当時のTableau女子会はどれくらいの規模のコミュニティだったんですか。
石田 コミュニティリードの方が7~8人いて、2カ月に1回くらい30~40人がオフラインで集まって、という感じでした。
――そこでスキルを身に付け、石田さんも徐々に「教える側」に変わっていったということなんでしょうか。
石田 そうですね。Tableau女子会に参加している人に分からないことを聞くと、すごく親切に教えてくれたんです。むしろこちらから聞かなくても、ちょっと手が止まっていたらすぐに声をかけてくれるとか、「Giver」の精神が溢れる人たちの集団に初めて出会って衝撃を受けたんですよ。人に教えるためには自分が学び続けないといけないし、仕事での実績も積んでいかないといけないわけで、常に学びの姿勢を持っていて、学んだことをコミュニティに120%、200%還元していくみたいなスタンスは本当に素晴らしいと思いました。
最初は私も当然いろいろと教えてもらう立場だったんですけど、少し自分でもできるようになったら、恩返しみたいな感じでGiverになりたいなと思って、コミュニティ活動を積極的にやるようになりました。それが自分の会社での仕事でも生きて、「Tableauだったら石田さんに聞けば大丈夫」みたいなポジションをつくれたことは自信になりましたね。
――Tableau女子会は文字通り、女性だけのコミュニティなんですよね。
石田 最初は女性同士で教え合って何かをやるっていうコンセプトだったんですけど、その後、Tableau女子会は「Tabjo」というネーミングに変更して、女性が企画・リードするという枠組みは維持しつつ、男性も参加可能にしました(Tabjoは2025年7月に活動終了)。データ分析界隈、エンジニア界隈の女性たちのつながりをつくるという目的は一定程度達成できたのと、Tableau女子会のリードの方が「Tableau Conference」(Tableauのグローバルイベント)に参加して「Lead by Woman」というキーワードに触れたことで、考え方が大きく変わったんです。「今度はコミュニティを引っ張っていく女性たちを育てなきゃいけない」みたいな感じですね。
今は女性メンバーがリードしているTableauコミュニティも結構あるんですけど、Tableau女子会の影響は大きいと思います。時代に合わせてとか、自分たちの目的に合わせてコミュニティのかたちを柔軟に変えていくところがすごく先進的で、時代に合っていますし、素晴らしいなって思います。
――前職時代にTableauに出会ったというお話でしたが、データ分析、データ活用のスキルが高まった結果、LINEヤフーに転職するという流れになるんでしょうか。
石田 私は2回転職経験があるんですが、最初の会社も前職も人材系の会社だったんですね。最初は営業で、飛び込み営業とかも普通にやっていて。その後は営業企画やマーケティングみたいな仕事もやってたんですが、「これが得意です」みたいなものがなくて、キャリアにも迷っていたんです。
そんな時にTableauに出会って、ユーザーコミュニティに参加して、データ分析がすごく面白いと思ってどんどんのめり込んでいきました。Tableauを使いこなせるようになっていくと、もっといろいろなデータを見てみたいと思うようになったんです。じゃあ日本で一番データを持っているところがどこかというと、当時のヤフー(現在のLINEヤフー)かなと。Tableau Conferenceでヤフーの方が登壇されたのを見ていて、Tableauの活用を推進していることも知っていて、ちょうどそのタイミングでTableau活用推進の求人があって、今に至るっていう感じですね。ヤフーには2023年にジョインしました。
――Tableauを媒介として新たなキャリアが開けたということですね。
石田 本当にそれは大きいですね。データ分析となると、データアナリストとかデータサイエンティストとか、エンジニアとか、そういう人たちの業務領域だと思っていて、ハードルの高さを感じていたんです。言語もよく分からないし。
でも、セルフBIというコンセプトでTableauとかMicrosoftの「Power BI」などが浸透してきて、私のような「非エンジニアのド文系でデータ分析なんてやったことありません」みたいな人でも、ドラッグ・アンド・ドロップだけですごく簡単に可視化ができるようになりました。そうすると、雲の上にいると感じていたデータアナリストやデータサイエンティストとも、対等に会話ができるようになったんです。
――現在、LINEヤフーでは具体的にどんな仕事をされているんですか。
石田 Tableauの社内活用を全社横断的に支援する組織に属しているんですが、Tableauの支援組織もいくつかのチームに分かれていて、私たちのチームは社内のコミュニティ推進や教育コンテンツを手がけています。「広く浅く」、Tableau活用の底上げを図るというイメージですね。各事業に入り込んで「狭く深く」支援するチームもあって、補完的な体制になっています。
――Tableauに特化した支援組織ということなんでしょうか。
石田 一応、BIツール全般の活用を支援するという括りにはなっているんですけど、社内で一番使われてるのがTableauということもありますし、実際にチームメンバーは全員、「DATA Saber」(Tableauに関する知識だけでなく本質的なデータ分析のスキルを認定する制度。取得には先輩DATA Saberに弟子入りして課題をこなす必要がある)なんですね。なので、実質Tableauに特化したチームみたいになってます。
部門独自でかなり高度な使い方を実践している事例も出てきていて手応えは感じつつありますが、最終的には私たちのようなCoE(Center of Excellence)組織が解散したとしても、社内にデータ活用の文化が根付いている、各部門が自走できるみたいなところを目標として活動しています。
――石田さんから見て、他のBIツールとTableauで何か決定的な違いというのはあるのでしょうか。
石田 ROIの観点からも、社内で定期的に「他のBIツールってどうなの」っていう話は出てくるので、都度いろいろなツールを触ってはみるんですけど、馴染みがあることもあってか、やはりTableauが扱いやすいと思うことが多いです。
最終的な成果物としては、どのBIツールを使ったとしても大体同じようなものを作れるんですけど、そこまでの過程が結構違うんですね。一般的なBIツールは、「この形でレポーティングしてください、だからこういうダッシュボードを作ります」というイメージです。
Tableauの場合は、もちろん標準のレイアウトはあるんですけど、データ分析を進めるうちに気になったところをどんどん深掘りしていくとか、「こういう見方をしたらもっと分かりやすいんじゃないか、新しい発見があるんじゃないか」みたいに派生させやすいところが個人的にすごくいいなと思っています。「こうじゃない、こうじゃない、これじゃ伝わらない」とか、いつもブツブツと独り言交じりにTableauを操作しているんですけど(笑)、本当にデータと対話しながらストーリーを組み立てていくみたいなことが、Tableauはやりやすいです。
あとは先ほどTableau Visionaryに選出されると製品へのフィードバックをプロダクトマネージャーに直接伝えられるという話もしましたけど、ユーザーがプロダクト開発にかなりの部分で関わっているのもTableauの特徴だと思います。Tableau Visionaryのメンバーはいろいろな得意分野を持っていて、Tableauの拡張機能を開発してTableauに提供するみたいなこともやられている人もいます。ユーザー目線で本当に必要なものがあれば、ユーザー側で開発してTableauの製品ポートフォリオに入れてしまうみたいなパターンが珍しくないので、やはりユーザーフレンドリーな開発が多いなっていうイメージですね。
Tableauはもともと「誰でもデータを見て理解できるように支援する」というコンセプトで提供されています。LINEヤフーの導入でもまさにそこがキーで、会社の文化として人材は結構流動的なので、Excel職人が作ったExcelが蓄積されていくと必要な情報やノウハウが組織に残しづらいという課題はあったようですが、Tableauを使うとそこが属人化しづらい。基本的な操作さえ覚えてしまえば誰でも使えるようになるので、職種・業種を問わずにデータを活用できるところが組織文化にマッチしていたというのが、導入の決め手の一つになったと聞いています。
――データの可視化や分析結果を基にしたアクションをAIが支援する「Tableau Next」も出てきました。データ分析やTableau活用におけるAIの価値についてはどう考えていますか。
石田 生成AIと自然言語でコミュニケーションしながらチャートを作ってもらうみたいな使い方だと、Tableau上級者にとってはあまり価値がないかもしれません。自分で作った方が早いので。でも、AIの可能性自体は大きくて、上級者がAIを使うとしたら、初心者に教えるためのリソースを代替してもらうのはとても有効な使い方だと思います。ツール活用を組織に浸透させるためにはかなりの労力と時間がかかります。ここをAIが支援してくれるというのは大きなメリットです。上級者は手が空いた分の時間をより高度なデータ分析に充てることができます。
――データ活用の文化を構築するためのサポートという面でAIは役立つということですね。
石田 あとはTableauの方針として、データを見る人の行動がどう変わるかという「アクション」に重きを置くようになったのも印象的な変化です。Tableauのミッションもちょっと変わったんですよね。従来は「Helping people see and understand data」だったのが、「Helping People See, Understand, and Act on data」になった。データを美しく、誰でも簡単に可視化できるだけじゃなくて、それを見た上でどうアクションにつなげるかが本来は大事なわけですよね。それをAIでパーソナライズされた形で支援していくというTableauの意思を強く感じました。
定型的なレポートや、「閾値を上回ったらマル、下回ったらバツ」みたいな単純なルールベースの可視化などはAIにどんどん置き換わっていくんだろうなと思います。私たちのようにTableauの活用を推進する立場としては、これまでクリエイターの育成に注力してきた部分があるんですが、AIで可視化されたデータを見てすぐにアクションできる人を増やすためのビューアー教育もやっていかなきゃいけないとはすごく感じています。
――直近のTableauユーザーコミュニティでの活動状況はいかがでしょうか。
石田 お話ししたように、Tableauにはいろいろなコミュニティがあるのですが、現在は国内で最大規模のコミュニティである「Japan Tableau User Group」(JTUG)のリードとしての活動がメインです。運営は70人くらいで回していて、スポンサーシップ制度などもあります。
JTUGから派生しているコミュニティもたくさんあります。業種別のユーザー会とか、関西、東北など地域別のユーザー会は歴史がありますね。あとは「もくもく会」(各自が黙々と作業や学習に集中する会)みたいなものとか、コロナ禍以降はオンライン相談室とか、オンラインならではのものもできたりしています。
――そのへんは、JTUGの分科会みたいなことではなくて、有志が自然発生的にやっているということなんでしょうか。
石田 そうです。もう、それぞれ独自に。海外のコミュニティからは、ちょっと日本のコミュニティって特殊だよねって言われるんですよ。盛り上がっているだけじゃなくて、結構カジュアルにネットワーキングしようという文化が強いかもしれません。
例えば「うまうま会」っていうのがあって。私はまだ行ったことがないんですけど、今日は「焼き鳥」とか毎回テーマが決まっていて、それに関するデータをTableauで可視化してみんなで見せ合って、その後、美味しい焼き鳥を食べて、みたいな。スキルアップしてネットワーキングしつつもカジュアルにつながって、Tableauを使ったことがない人でも入りやすい、すごくウェルカムな雰囲気が日本のコミュニティにはありますね。
――JTUGの運営をリードされる中で、石田さんはどんなことに気を配っているんでしょうか。
石田 「内輪感を出さない」っていうのは特に気を付けています。新しくTableauを使い始める人たちが入りやすいようにっていうのは一番に考えていますね。
ツールを使い始めた超初期の何も分からない時に気軽に質問できる人がいるかいないかで、その先のツールの習熟度って大きく変わってくるなって思うんですよ。私自身も、Tableauはたまたまユーザーコミュニティに出会えたからどっぷりはまっていったんですけど、違うツールではそうはいかなかったという経験もあります。最初に分からなくてつまずいた時に誰も聞ける人がいなかったり、聞けたとしても、「なんかすごい上から目線で教えてくれるじゃん」みたいな(笑)。Tableauユーザーにはそういう経験をしてほしくないし、JTUGの中でもそれは共有されています。
――石田さんの担当のようなものはあるのでしょうか。
石田 リードの中でも定期的に担当替えをしていて、去年はイベントチームのリードをやっていたんですけど、今年はスポンサーチームのリードを担当しています。コミュニティはあくまでもボランティアなので、誰が抜けても続けられるようにしようというコンセンサスがあって、なるべくみんなでいろいろなところに目を配って、新しい人も入れようという考え方です。内輪感を出さないための工夫の一つでもありますね。
――LINEヤフーでの本業もあって、コミュニティ活動もされているわけですけども、時間をつくるのが結構大変そうです。
石田 基本は本業に時間を使って、副業もちょこちょこやっていて、家族との時間もあって、その空いた時間でコミュニティ活動をしている感じではありますが、コミュニティってやっぱり大事なんですよ。私の場合はLINEヤフーでの本業もコミュニティ活動と共通のポイントが多いので、コミュニティで成功したことを本業に持ち帰ることができるんです。それで成果が出ている部分もあるので、上長やチームからもコミュニティ活動は推奨してもらっています。とてもありがたい環境です。
――LINEヤフーのようなデータ活用支援体制がない企業がほとんどで、経験もない中で孤独にデータ分析に向き合わないといけない人も多いと思います。そういう人たちに向けてのアドバイスはありますか。
石田 まず発信してみることが大事かなと思います。日本のTableauコミュニティ参加者はXでの活動が結構活発で、最新機能をこういう風に使えるよねみたいなアイデアを発信している人がいたり、「Tableauでこういうことできない?」っていうポストにどんどんリプライしてくれたりします。こういうことに迷っているとか、困っているみたいなことがあったら発信してみるといいです。周りに聞ける人がいないのであれば、なおさらですね。
――場合によっては勇気が要りそうですが、Tableauコミュニティの文化としてはそれもウェルカムだと。
石田 そうですね。コミュニティはオフラインでもオンラインでも参加できるものがあって、いろいろな入り口があります。手続きも何もありません(「TECH PLAY」の中に日本のTableauコミュニティ情報が集約されたWebページがあり、ここから参加したいイベントに申し込むだけだという)。どこかにまずは一歩踏み出しさえすれば、いくらでも救いの手が差し伸べられるのがTableauのコミュニティだと思います。