現場に根づくスポーツテック FC町田ゼルビアとAWSのデータ戦略

2026年5月26日09:00|コラム谷川 耕一
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 2026年4月16日に開催された「スポーツチーム・アスリート向け総合展 2026 ―Japan Sports Week―」の専門セミナーでは、「データと人が創るスポーツアナリストの未来」と題した対談が行われた。登壇したのは、FC町田ゼルビアの親会社であり経営権を保有するサイバーエージェントに所属し、同クラブ強化部データ&テクノロジーグループ責任者を務める數見拓朗氏、アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWS)インダストリー事業開発マネージャーの山口賢人氏で、モデレーターは日本スポーツアナリスト協会代表理事/國學院大学准教授の渡辺啓太氏が務めた。
 スポーツ界ではクラウドやAIの進展により、戦術分析やコンディション管理の高度化とともに、これまで専門家に閉じていたデータ活用の「民主化」が進んでいる。一方で、テクノロジーが現場の意思決定に結びつかなければ、勝利やパフォーマンス向上にはつながらない。本稿では、セミナーの議論を手がかりに、スポーツ領域におけるデータ活用の現在地と、FC町田ゼルビアとAWSの取り組みから見える実装の要諦を整理する。

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スポーツ基本計画の追い風と現場に残るギャップ

 モデレーターの渡辺氏は、日本のスポーツDXを取り巻く政策動向として、文部科学省が策定する「スポーツ基本計画」に言及した。現在は第3期(2026年度が最終年度)が進行中で、12の主要施策の一つに「スポーツのDX推進」が位置付けられている。ここでは、データの集約・解析基盤の整備やデジタル人材育成の方向性が明確に示されている。

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日本スポーツアナリスト協会代表理事/國學院大学 人間開発学部 准教授 渡辺啓太氏

 しかし、政策的な後押しがある一方で、「計画」と「現場」の間には依然としてギャップがあると渡辺氏は指摘する。東京五輪の招致決定以降、データ分析やテクノロジーの活用は一気に加速したが、現場の力になれずに霧散していった失敗事例を渡辺氏は数多く耳にしてきたという。優れたテクノロジーを持つ企業や研究者がスポーツの現場に導入を試みても、現場のスタッフや選手からは「実験台にされているのではないか」といった懐疑的な目で見られるケースも珍しくない。データを真に現場に根付かせるためには何が足りないのか、という問いが今まさに突きつけられている。

世界のスポーツテックが進めるデータの民主化

 この現場への浸透という課題に対し、グローバル市場での動向から解決の糸口を提示したのが、アマゾンウェブサービスジャパン(以下、AWS)の山口賢人氏だ。山口氏は、AWSが世界中のスポーツリーグやチームでクラウド技術・AI技術の導入を支援してきた実績をもとに、現在のスポーツデータ活用における三つの主要トレンドを挙げた。

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アマゾン ウェブ サービス ジャパン インダストリー事業開発マネージャー 山口賢人氏

 一つ目が「データ活用・分析の民主化」だ。光学トラッキング技術やセンサー技術、ウェアラブルデバイスの普及により大量かつ多様なデータが手軽に取得可能になり、その結果、専門のアナリストだけでなく、フロントスタッフや指導者自身がデータに基づいて意思決定を行う環境が広がりつつある。二つ目が「データ活用の拡大」だ。これまで戦術やパフォーマンス分析のために取得していたデータをファン向けに解放し、競技への深い理解を促すファンエンゲージメント戦略へとつなげる動きがある。

 山口氏はその象徴的な事例として、米プロフットボールリーグ「NFL」が発表した「NFL IQ」を紹介した。これは、収集された膨大なトラッキングデータや選手情報をAWS上で統合し、その上にAIアシスタントをデプロイした仕組みである。ファンは自然言語を用いてチャットボットに問いかけるだけで、プロのアナリストと同じレベルのデータ分析を行うことができ、シーズンオフ期間であってもコンテンツに触れ、競技の魅力を深く知る機会を提供している。

 一方で山口氏は、データ量と種類の爆発的な増加によって管理場所が分散する「サイロ化」を、三つ目のトレンドとして挙げた。

FC町田ゼルビアのデータ&テクノロジー体制と統合基盤

 Jリーグでさらなる高みを目指すFC町田ゼルビアは2026年2月、まさにこの「技術の進化が生んだデータの氾濫とサイロ化」という共通課題の解決と、フットボール領域へのテクノロジー活用の最大化を目的に、強化部配下へ「データ&テクノロジーグループ」を新設した。

 このプロジェクトを推進するにあたり、FC町田ゼルビアが立ち上げの初期段階から相談先、そしてテクノロジーパートナーとして選んだのがAWSだった。AWSがグローバルのスポーツ分野で導入実績を持ち、映像分析などの関連サービスを利用できる点を評価した。

 さらに、専任担当がプロジェクトに継続的に関与する体制も採用の背景にあった。開発内製化の能力を持つサイバーエージェントのエンジニア組織と、世界水準の知見と強固なネットワークを持つAWSがタッグを組むことで、クラブに最適化したオリジナルのシステムを短期間でゼロから共同構築していく基盤が整った。

 しかし、強力なパートナーと高度な分析体制を整えても、現場の指導者や選手との間に信頼がなければ、テクノロジーが実際の戦術や意思決定に生かされることはない。データ&テクノロジーグループの責任者に就任した數見拓朗氏は、データ分析の専門家でありながら、チームへの合流当初はあえてデータや分析の話をほとんどしなかったという。まずは「外部の分析屋」ではなく「一緒に戦うチームの一員」として認められること、それを最優先したのだ。數見氏らはクラブハウスやグラウンドに毎日のように通い、日々の会話や空気感を共有しながら、現場が何を重視し、どのような背景や意図で判断しているかを深く理解することから関係性を築いていった。

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サイバーエージェントメディア統括本部データ部 部長
ゼルビア 強化部データ&テクノロジーグループ 責任者 數見拓朗氏

 単なる外部のデータ分析チームではなく、信頼できるパートナーとして受け入れられる大きな転機となったのが、トップチームの名護キャンプへの帯同だった。エンジニアでありながら現場の強化合宿に入り込んだメンバーは、スタッフと同じジャージを着用してピッチのそばに立ち、トレーニング中に監督やコーチが交わす言葉をリアルタイムでデータ化していった。言葉のニュアンスや熱量、阿吽の呼吸のような暗黙知まで言語化することにチャレンジし、88項目の「現場の困りごと」を洗い出し、そのうち約40項目をキャンプ期間中に改善した。この泥臭いアプローチにより、指導者の頭の中にある意図とデータが結びつき、現場で本当に使われるデータ活用の土台が確立された。

現場に入り込んで築いた信頼とデータ活用の土台

 実際に現場で活動する中で改めて重要課題として認識されたのが、各種データのサイロ化だった。フィジカルコーチが管理する傷害記録や、アナリストが収集するGPSの走行距離データなどが、各担当者のPC内などに個別に管理され、横断的に活用されていない状態にあった。選手個人のコンディション変化や怪我のリスクを高い精度で予測するには、これらの分散した情報を一つにつなぎ合わせる必要がある。こうしたプラットフォームがなければ、指導陣やスタッフが入れ替わるたびに過去のデータが散逸し、クラブのレガシー(財産)として中長期的な蓄積ができないというスポーツ界特有の課題もあった。

 そこでプロジェクトチームは、スタッフによる手動入力データや外部ベンダーのSaaSデータを一つのデータレイクに統合するデータプラットフォームをAWS上に構築した。選手1人に対して固有のIDを発行し、フィジカル、医療、コンディションに関するあらゆるスタッツを紐づける。これにより、チーム内に散在していたデータの集約と統合を実現したのだ。

 FC町田ゼルビアが構築したこの基盤は、AWSの山口氏が指摘する「データの集約・統合、分析、可視化」という三つの技術プロセスを、スポーツの現場に具体的に実装した事例と言える。散らばったデータを効率的に収集・統合して初めて、データは単なる数字の羅列から意味のある「ストーリー」へと変わり、現場の迅速な意思決定を支える武器となる。

現場に届くレポート設計とコミュニケーション

 データの統合とともに重要になったのが、その情報をどのような形で現場に届けるかという点だった。単にデータを処理して出力するだけでは不十分であり、とくにハーフタイムや選手交代直前など数秒から数十秒での決断が求められる場面では、複雑な分析結果をそのまま渡しても機能しにくい。

 そのため同グループでは、直感的に理解できるオリジナルレポートのデザインに取り組んだ。Amazon QuickSightなどのBIプラットフォームをベースにしつつ、クラブの公式サイトや背番号とデザイン・配色を統一するなど、現場のスタッフや選手が直感的に理解しやすいよう工夫した。

 さらに仕組みとしては、各指導者に1人ずつデータアナリストを専属で配置し、ほぼワンオンワンの密な距離感で要求に答える体制を構築している。伝えるタイミングやフォーマットまで含めた「コミュニケーションデザイン」を行うことで、技術活用に対する現場の心理的ハードルを下げ、データ活用を加速させることに努めたのだ。

可視化から予測へ、そして企業DXへの示唆

 FC町田ゼルビアのデータ活用は、現状の可視化から次のロードマップである「予測」の領域へとシフトしつつある。過去のトレーニングデータや試合映像のAIリアルタイム解析を掛け合わせ、試合中の選手交代の判断支援や、怪我の予兆検知につなげることを目的とした実証が始まっている。ただし、予測結果への過度な依存を避けるため、閾値の設計や期待値のコントロールには細心の注意が払われている。最終的なアウトプットや戦略の判断は「あくまで人間がやるべき」であり、システムは指揮官の直感や経験をデータで補強するための材料という位置づけを崩さない。

 スポーツアナリストやデータサイエンティストに求められる役割も変化している。単にデータを収集してレポートを提出する作業は、AIを活用した自動化ツールなどに代替されていくだろう。そのため今後の人材には、現場の意図を汲み取って言語化するパートナーとしての資質や、異なる部門をデータでつなぎ合わせるハブ組織としての役割に加え、現場の熱量に共感し、泥臭く現場に飛び込んで試しては修正するという試行錯誤を続けられる姿勢が求められる。こうした役割を担える人材をどれだけ育てられるかが、今後のスポーツテックの成否を左右することとなりそうだ。

 対談の締めくくりで山口氏は「他業種や競技の枠を越え、世の中でどのようなテクノロジーが使われ、どのように意思決定がなされているかを貪欲に吸収するモチベーションが極めて重要である」と語った。実際、このセッションにはスポーツ関係者のみならず、データ活用や意思決定のあり方に関心を持つビジネスパーソンの姿も見られた。また、モデレーターの渡辺氏も「競技の枠組みを越えた情報の共有やアナリストの連携こそが、今後のデータ活用を一気に加速させる鍵になる」と総括し、セッションを結んだ。

 外部の最先端テクノロジーを単に押し付けるのではなく、徹底的に現場第一主義を貫いたFC町田ゼルビアの事例は、スポーツ界を越えて多くの示唆を与えている。優れた道具を揃えることよりも、その道具が使われる現場のコンテキストを理解し、業務プロセスに寄り添う。そして、データによって人と人との信頼関係をデザインしていく。こうしたアプローチは、企業におけるデータ活用やDX推進にもそのまま応用し得る視点を含んでいる。