AIは人の働きを拡張し命をも救う 成否のカギはデータにあり

2025年10月15日12:44|コラム谷川 耕一
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 Oracleの年次イベント「Oracle CloudWorld」は、名称を「Oracle AI World」へと一新し、AIに焦点を絞ったイベントに生まれ変わった。2025年10月13日に開幕した同イベントのオープニング基調講演では、今年9月にCEOに就任したマイク・シシリア氏が、「Oracle AI: Powering Your Business」と題し、新CEOとして初めて基調講演を行ったほか、AIがビジネス現場で具体的な価値を生み出している事例も紹介。AI時代の成功の鍵がデータにあること改めて浮き彫りにした。

AIの燃料となるのは「データ」

 シシリア氏は、AIが単に技術や新機能を変えるだけでなく、顧客へのサービス提供、優秀な人材の確保、経費節減、生産性の向上、イノベーションなど、あらゆるビジネスのやり方を変えていると強調した。Oracleは、AI時代においてリーダーとしての地位を確立しており、データ、インフラストラクチャ、アプリケーション、そして信頼性を統合し、あらゆるビジネスのAIによる革新を支える唯一の企業だとも述べた。

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Oracleの新CEO マイク・シシリア氏

 その上で、AIの燃料となるのは「データ」であり、Oracle Databaseは長年にわたり世界で最も価値のあるデータを管理してきた。今やそれが「AIを実現するもの」へと進化している。OracleのAIデータプラットフォームは、構造化データと非構造化データを含むエンタープライズデータを、世界クラスの生成AIモデルと組み合わせて、セキュリティを担保しつつAIエージェントや分析を可能にする。この基盤となるのが、AIインフラストラクチャのリーダーとして信頼され、他のどのハイパースケーラーよりも多くのAIモデルのトレーニングとその提供に利用されているOCI(Oracle Cloud Infrastructure)だと主張する。

 Oracle自身もAI活用で大きな成果を上げており、従業員の80%がAIにより仕事の質が向上したと答えている。具体的には、財務部門では経費の自動処理や請求書照合などの時間が短縮され、人事部門ではAIを活用した採用活動により採用期間が短縮されている。サポート部門では、AIによるチケット処理と自律的な問題解決により解決時間が半分以上短縮されている。シシリア氏は、AIがもたらす真の影響はシステムの効率化や統計的な予測だけではなく、全てを変えることであり、従業員がより価値のある仕事に時間を費やせるようにすることだと述べた。

Exelonのミッションクリティカルな事業におけるAI活用

 全米最大のエネルギー供給会社であるExelonのカルビン・バトラー社長兼CEOは、同社の変革は顧客のために何をするか、今後10年間で顧客にどのように貢献するかから始まると述べた。Exelonは、インフラの近代化とクリーンエネルギーへの移行を加速させるため、財務、人事、オペレーション全体にOracleとのテクノロジーパートナーシップを広げている。特にAIと高度なデータ分析を業務オペレーションに組み込み、よりスマートで強靱な電力グリッドの構築を進めている。

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Exelonのカルビン・バトラー社長兼CEO

 エネルギー業界は今後10年で過去100年以上の変革を経験するとバトラー氏。しかし、同時にテクノロジーをシステムに追加するたびにセキュリティリスクが増す。そのため、効率性と安全性の両立が課題だと指摘した。Exelonは、予測分析やドローン技術を活用したデータ収集を進めており、データの活用により顧客との関係も変化している。たとえば、AIによる予防的なシステムメンテナンスを行うことで、顧客に事前に状況を伝え計画的な行動を促し、嵐の後には復旧時間を正確に伝えられるようになった。

 バトラー氏はエネルギー業界の課題として、AIの導入では多くの場合、規制当局が新しい技術の採用に慎重だと指摘した。その上で、AIは雇用を失わせるものではなく、データを取得し活用する手段だという。かつてスマートメーター導入時に検針員を再教育し、組織内で新しい職務に就かせた例を挙げ、AIも従業員の仕事をより安全で良いものにすると強調した。

Avis Budget GroupではAI活用により「情報収集者」から「問題解決者」へ

 グローバルにレンタカービジネスを展開するAvis Budget Groupは、50年以上前に業界初のコンピューター予約システムを開発するなど、技術革新を重視してきた。同社のラビ・シンハンバトラ EVP兼最高デジタル・イノベーション責任者(CDIO)は、顧客獲得、顧客体験、車両管理、サプライチェーン、そして「最大の資産である人材(People)」を主要な柱として事業を推進しているという。

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Avis Budget Groupのラビ・シンハンバトラ EVP兼最高デジタル・イノベーション責任者

 Avisは、OracleのAIデータベースをいち早く導入した企業で、それを使い大きな進歩を遂げようとしている。シンハンバトラ氏は、「データは新しい石油であり、AIはその石油を命あるものにする手段」と表現する。これは、従業員全員が「情報収集者(information gatherers)」ではなく、AIツールを使い「問題解決者(problem solvers)」になる世界でもある。

 OracleのAIデータベースでは、SQLではなく「自然言語」を使い価格設定やオペレーションに関する知見を得られ、従来の「スライス&ダイス」分析などで知見を得るまでの長いタイムラグが解消される。このAIの能力を全社に展開することで、ITチームの役割も変化し、ビジネス部門の成長を支援する「シニアビジネスアドバイザー」へと変わったという。

 AvisではOracle Fusionアプリケーションにも大きな投資をしており、調達やサプライチェーンの効率化で既にAIエージェントを活用している。たとえば、現場の技術者がリアルタイムで部品を注文する際、どの部品を最良の価格で注文すべきかをAIが自動で判断し、効率を向上させている。シンハンバトラ氏は、AIがもたらす定性的な影響として、組織がコントロールできない最も重要な要素である「時間」を取り戻すことだと述べた。彼にとってAIとはArtificial Intelligence(人工知能)ではなく、Augmenting Individuals(個人の拡張)を意味していると強調した。

Marriott Internationalにおける摩擦の解消と人間性の復権

 グローバルにホテルを展開するMarriott Internationalは、9000を超える施設と80万人のアソシエイトを擁し、創業以来「人を第一に考える」との価値観に重きを置いている。同社のチーフ人事責任者(CHRO)兼グローバルオペレーション担当エグゼクティブバイスプレジデントのタイ・ブレランド氏は、AIを導入する際もこの価値観に基づき「どのようにすれば人々の助けとなり、摩擦を取り除き能力を生み出せるか」から着手したと説明した。AIの究極の目的は、人間の触れ合い(ヒューマンタッチ)に取って代わるのではなく、「人間性を前面に押し出すこと(bringing the human forward)」だという。

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Marriott International チーフ人事責任者兼グローバルオペレーション担当エグゼクティブバイスプレジデントのタイ・ブレランド氏

 Marriottでは、顧客に相対するアソシエイト、ゲスト(顧客)、そして多数のホテル施設を所有するオーナーという三者の視点からAI活用を検討している。アソシエイトにとって役割の簡素化と仕事の充実、ゲストにとってよりパーソナルで迅速な体験、オーナーにとってコスト削減と効率化による収益向上をAIがもたらす。

 たとえば、チェックイン作業は数十ものシステム間を行き来する極めて手作業の多いプロセスだった。Marriottでは、統合された一つのビューで完結できるようにしようとしている。この効率化で、アソシエイトは手作業のプロセスに時間を費やす必要がなくなり、ゲストとの会話や周辺情報の提供など、より本質的なホスピタリティに集中できる。

 ブレランド氏は、AI導入は「アソシエイトに対する投資」と捉えている。同社はAIスタジオを立ち上げた際に、まずコールセンターのエージェントに「仕事で最も苦痛なことは何か」を尋ねることから始めた。その課題をAIで解決し始めたところ、AI採用の価値は社内に「伝播」した。AIは「より少ない労力で、より大きなインパクトを生み出す」ことを可能にし、アソシエイトが本当にやりたいこと、つまりゲストのサポートに集中できるようにすることとなる。

Biofy Technologiesのベクトルデータベースが実現する、生命を救うイノベーション

 最後に登壇したのは、ブラジルを拠点とするバイオテック企業Biofy Technologiesのパウロ・ペレスCEO兼共同創設者だ。同社は、AIを活用して抗生物質耐性菌の特定、次世代医薬品の開発、そして最終的には命を救うとのミッションを掲げる。

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Biofy Technologiesのパウロ・ペレスCEO兼共同創設者

 同社は、細菌感染者の血液サンプルから数百万もの要素を持つDNA配列を抽出し、それを「ベクトル」へと変換する機能を開発した。これにより、70万以上の細菌DNAを含む巨大なベクトルデータベースが構築された。そして、Oracle Databaseのベクトルサーチ機能を用い、従来の検査では5日かかっていた細菌の特定とその抗生物質耐性の有無の確認をわずか4時間に短縮した。

 このスピードの向上が、医療現場と患者に大きな変化をもたらしている。ブラジルの病院では、感染症による死亡率が70%近くに達していたが、Biofyのソリューション導入で50%にまで削減。さらに今後、死亡率を30%以下にまで引き下げられると確信している。2025年だけで、同社のシステムを使用しているブラジルの病院で2000人の命が救われると予測する。

 ベクトル化技術が有用なのは、検索が元のDNA配列と完全に一致する必要がないこと。細菌は常に変異しているが、ベクトルサーチで変異株を特定し、その結果から適切な治療法を直ちに決定できる。迅速な診断で適切な治療が、死亡率の改善に直結する。

 同社の成長し続けるデータベースは、将来的な医療ブレイクスルーの基礎ともなる。Biofyは現在、データベースとAIを用い既存の抗生物質に耐性を持つ「スーパーバクテリア」に対抗する新しい医薬品の研究開発を開始している。これにより、新薬開発にかかる期間を従来の10年ほどから3から5年へと短縮できる見込みで、ペレス氏は「5年以内に、人々が細菌感染症で亡くなることがなくなる」と夢を語った。

 この技術は、抗生物質耐性菌対策に限定されない。ペレス氏は、同じ技術スタックを利用し、DNAの微細な変化を特定し細胞の老化や癌などの疾患を予測・検出する「エピジェネティクス」の研究も明らかにした。これは、リアルワールドのデータと分子生物学、創薬研究が結びつき、特定患者の特定菌株に対する精密医療を可能にするもので、Oracleのベクトルデータベース技術が有効に機能した具体事例となる。

AIの成功を左右するデータの重要性

 今回、Oracle AI World 2025で示されたのは、AIがビジネス現場で具体的な価値を生み出す事例だ。Exelon、Avis、Marriottの事例からは、AIが人間の能力を補完し、従業員がより戦略的・創造的な仕事、人との触れ合い(ホスピタリティやケア)に集中できることが明らかとなった。これは、AIが古いシステムに「ボルトで固定された(bolted on)」機能ではなく、データ、インフラ、アプリケーションに「組み込まれた(built in)」技術だからこそ可能となる。

 Biofy Technologiesの成果は、AI時代の成功の鍵がデータにあること改めて浮き彫りにしている。高性能なベクトルデータベースに、DNA配列のような複雑な情報をベクトル化して蓄積し、それを迅速に検索できるベクトルサーチ技術がなければ、命を救い新薬開発を加速させるという新たな価値は生まれなかっただろう。

 AIが世界を変革する時代に、企業が競争優位性を確立して社会的なインパクトを生み出すには、データをいかに安全かつ迅速に活用できるかが重要となる。Oracleと今回登壇した企業が示したように、AIの力はデータの蓄積とそれを活用するための強固なプラットフォームがあってこそ発揮されると言えそうだ。