AIを基幹業務に組み込むには何が必要か 矢崎総業・楽天の取り組みに学ぶ

2026年10月23日18:30|コラム|谷川 耕一
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 日本オラクルは10月6日、「Oracle AI Forum」を開催した。基調講演では、同社社長の三澤智光氏が、AIを基幹業務や企業データと結び付ける「基幹系AI」の構想を示した。ゲストとして登壇した矢崎総業の丹下博氏と楽天グループの小林悠輔氏は、製造とデジタルサービスそれぞれの現場で、AI活用を進める取り組みや課題を語った。AIを基幹業務に組み込むには何が必要なのか。本稿では、両社の講演と記者説明会での発言を基に、データ基盤の整え方とベンダーとの連携のあり方から考える。

コパイロットから基幹系AIへ 日本オラクルが示す三つの問い

 基調講演に登壇した日本オラクル社長の三澤智光氏は、企業が生成AI活用を「実験から実行へ」と進める上で向き合うべき三つの問いを提示した。

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日本オラクル 取締役 執行役 社長 三澤智光氏

 第1の問いは、「AIで何を実現するのか」である。三澤氏は、情報収集や文書作成、要約など、人の作業を補助するコパイロット型AIと、基幹業務に組み込むAIの違いを説明した。メール作成支援などのコパイロット型AIについては、「個人作業の時間削減にはつながる一方、業務プロセス自体は変わらず、財務成果にも表れにくいのです」と指摘した。

 そこで次の段階として示したのが、業務プロセスそのものを変える「基幹系AI」だ。顧客情報の取得、契約内容の確認、返金処理といった一連の業務を、AIがルールや権限に基づいて実行する。三澤氏によれば、例えば100人分の業務負荷を80人分に圧縮できれば、生まれた20人分の余力を新規事業などに振り向けられる。個人の作業時間の削減にとどまらず、組織全体の処理能力や財務成果の向上につなげる考え方である。

 三澤氏は、こうしたAIの実現には、正確なデータに加え、業務上の意味や関係性を表すオントロジー、AIの判断と行動を制御するガードレールが欠かせないと説明した。業務領域ごとにデータの定義や管理場所が分かれていると、横断的な活用には形式の違いや整合性への対応が必要になる。顧客、従業員、製品、取引などの業務データを共通の定義で扱えれば、こうした手間が省け、AIも業務の文脈を捉えやすくなる。

 三澤氏はその例として、「Oracle Fusion Cloud Applications」(以下、Fusion)や「NetSuite」を挙げた。いずれも財務や人事、サプライチェーンといった業務領域を共通のデータモデルで扱っているため、業務データとAIを結び付けやすい。三澤氏は、この点を自社の強みとして強調した。

 第2の問いは、「データプラットフォームをどう整備するか」である。三澤氏は、大規模なデータレイクを一から構築するアプローチについて、データの移動・複製やオントロジーの整備に時間とコストがかかり、リアルタイムでの活用も難しくなると指摘した。

 これに対しOracleが提案するのは、既存のデータベースに近接する形でプラットフォームを配置し、データを活用しながら、AIを用いてオントロジーを段階的に整備していくアプローチだ。大規模なデータ基盤を先行して作り込むのではなく、対象業務から着手し、成果を確認しながら適用範囲を広げる進め方を示した。

 第3の問いは、「ソブリンAIにどう対応するか」である。三澤氏は、地政学リスクや規制強化を背景に、データ、GPU、AIモデル、クラウド基盤を自国内で管理・統制できる環境の重要性が高まっていると述べた。

 その対応策として日本オラクルは、「ジャパン・オペレーション・センター」による国内での運用に加え、「Oracle Alloy」の活用を挙げた。Oracle Alloyは、国内のパートナー企業が自社のデータセンターでOCI(Oracle Cloud Infrastructure)と同等のクラウドサービスを自ら運用・提供できる仕組みだ。これらを組み合わせ、データや運用を国内で管理できるクラウド環境を選択肢として提供すると説明した。

データレディネスの壁に、矢崎総業は基幹系から挑む

 自動車用ワイヤーハーネスで世界シェア約3分の1を占め、46カ国に22万人の従業員を抱えるグローバル部品メーカーの矢崎総業。同社で情報システム統括室長兼AI・デジタル室長を務める執行役員の丹下博氏は、製造業における現場主導のAI活用の限界と、財務成果に直結する基幹業務のAI化への挑戦について語った。

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矢崎総業 執行役員 AI・デジタル室長 情報システム統轄室長 丹下 博氏

 同社の日本国内における従業員数は約1万7000人、うち5000人が自らアプリケーションを作成できる市民開発者であり、社内専用の生成AI環境には1万6000人以上のユニークユーザーが存在する。ボトムアップによる業務効率化は大きく進んでいるが、丹下氏は「個人レベルでの時間削減は達成できても、経営者に対して明確な財務成果(コスト削減や売上拡大)として提示することは極めて難しいのです」と打ち明ける。経営に直結するインパクトを生み出すには、サプライチェーンをはじめ複数の部門や拠点にまたがる業務に、トップダウンでAIを組み込む必要があるというのが丹下氏の考えだ。

 しかし、ここで課題となったのが「データレディネス」、すなわちAIが活用できる状態にデータが整っているかという問題だった。同社がグローバルで管理する過去のトラブル情報から2400件を抽出し、大規模言語モデル(LLM)での分析を試みたところ、正確な回答が得られたのは27件にとどまった。部門や拠点をまたいでAIを動かそうにも、各所のデータをAIが正しく読み解けなかったのである。

 背景には、工場や部門ごとに長年使われてきた表記揺れや専門用語、数値欄への文字列入力、記録時の文脈不足があった。同一の材料であっても工場ごとに名称が異なり、現場でしか通じない略称や、手動で色分けされた注記など、AIがそのままでは解釈しにくい非構造化データも混在していた。

 丹下氏は「従来のITにおけるマスター統合だけでは、言葉の意味や文脈を解釈するLLMは機能しません。単にコードを統一するのではなく、意味や文脈をそろえるオントロジー統合が必要不可欠であり、これが全製造業にとって最大の壁となっています」と指摘した。

 意味や文脈をそろえるには、その前提として、各拠点に散らばるデータそのものを整えなければならない。丹下氏は「実際の現場で全作業の約8割を占めるのは、データクレンジングや抽出といった地道で泥臭い作業です」と話し、その作業を誰が担うのかが問われると指摘する。同社のように世界200以上の工場を持つ企業では、個別に蓄積されたデータを人手で統合することは不可能であり、自動化ツールの活用が必須となる。

 とはいえ、世界中の工場に散らばる現場データの統合は一朝一夕には進まない。膨大なデータを一括で移行するのは現実的ではないからだ。そこで丹下氏が期待を寄せるのが、三澤氏が講演で示したOracleのアプローチだ。データを移動させずに、既存のデータベースに近接する形でプラットフォームを配置し、活用しながらAIを用いてオントロジーを段階的に整備していく。既存の現場データを生かしたまま、徐々に意味的な統合へ近づけていけることから、丹下氏はこれを製造業にとって現実的な手法とみている。

 こうした現場データの段階的な整備と並行して、同社は基幹系データを先行して一元化し、AIで活用しやすい環境を早期に整える道を選んだ。そのために採用を決めたのが、Fusionへの移行である。全社の財務や業務の根幹をなす基幹系データをまずFusionに集約し、AI活用の土台とする。

 丹下氏がFusionの選定理由としてまず挙げたのが、「データベース指向のシンプルさ」である。丹下氏によれば、一般的なERP製品はシステムそのものを運用するためのAI機能にとどまりがちだが、FusionはERP配下に集積されたデータをAIが直接かつ自由に抽出・活用できる構造を備えている。

 もう一つの理由は、「真のSaaS環境」であることだ。丹下氏は「私自身の代で悲惨なERPのバージョンアップ作業を終わりにし、次の世代に保守の負の遺産を引き継ぎたくありませんでした。クラウドと称しながら実質的に個別の保守更新が必要な製品が多い中、完全に自動でバージョンアップが適用される真のSaaSが必要でした」と強調した。現場データの段階的な意味統合と、基幹系データのFusionへの集約。この二つを組み合わせることで、矢崎総業はグローバルでAIを業務に組み込む基盤づくりを進めている。

楽天、伴走型開発でECコンサル業務にAIを組み込む

 楽天グループは、70以上のサービスと1億人以上のユーザー基盤を擁する楽天エコシステムを展開している。同社常務執行役員の小林悠輔氏は、全社プロジェクト「AInization」のもとで進めるAI戦略と、日本オラクルとの連携による迅速な業務改革の取り組みを紹介した。

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楽天グループ 常務執行役員 コマース&マーケティングカンパニー CIO&CAIDO
コマース&マーケティングテクノロジー統括部 ヴァイスディレクター 小林悠輔氏

 同社はAI活用における全社目標として「Triple 20」を掲げている。これは「オペレーション効率化20%」「マーケティング改善20%」「クライアント効率化20%」の達成を目指すものである。同社の国内EC流通総額は6.2兆円に上り、その中核として5万5000店舗以上が出店する「楽天市場」では、三つの軸でAIの実装を進めている。

 第1の軸が一般ユーザー向けであり、対話型「AIコンシェルジュ」や購買履歴に基づくレコメンデーションに加え、出店店舗ごとの個性を反映したAIエージェントの開発を行っている。第2の軸が出店店舗向けで、バナー画像生成や問い合わせ自動返信(地域に応じたトーン調整など)、データ分析に基づく次アクションの提示機能を提供し、すでに50〜60%の店舗が日常業務に活用している。

 第3の軸が社内のECコンサルタント(ECC)業務の最適化である。数千人規模のECCが約5万店舗のコンサルティングを担う中、データ分析や提案作成をAIエージェントで自動化し、属人化していた熟練ECCのノウハウを組織の共通資産へと変える取り組みを進めている。小林氏は「コマース領域におけるAI投資はすべてROI(投資対効果)を厳格に管理しており、リターンが見込めない施策は行いません。ECCの作業時間を削減し、その分を店舗とのFace-to-Faceの対話や商談に集中させることで、直接的な流通額拡大と売上増加につなげています」と語った。

 このECC向けAIエージェント基盤の構築にあたり、同社が採用したのは、三澤氏が講演で示したOracleのアプローチだった。当初はAI活用のために、社内に分散する膨大なトランザクションデータや店舗データを一元化する巨大なデータレイクの構築も検討したが、それには数年の期間と莫大なコストを要すると見込まれた。AI技術が目まぐるしく進化する中、数年がかりの基盤構築では市場の変化に追いつかない。そこで同社は、既存の分散したクラウド基盤やデータはそのまま生かし、オントロジーによってデータ同士の意味を関連付けることで、AIが横断的に活用できるようにした。対象業務から小さく始めて段階的に広げる進め方は、矢崎総業が現場データの整備で期待を寄せるアプローチと同じ考え方である。

 もっとも、アプローチを選んだだけでは、プロジェクトはすぐには動き出さない。小林氏が日本オラクルと組んだ最大の決め手として挙げたのは、構想を短期間で形にする「スピード」と、それを支えた「アプライド・エンジニアリング」チームの存在である。小林氏によれば、社内の開発部隊は既存システムの運用保守や既存データの整備にリソースを取られており、新領域のプロジェクトに即座に多くのエンジニアを割くことは難しかった。さらにEC領域では、商材ジャンルや季節要因、市況の変化によって売れ行きや有効な販促策が刻々と変わるため、事前に仕様を固めてから作り込む従来型の受託開発ではスピードが追いつかない。

 こうした課題に応えるのが、アプライド・エンジニアリングだ。日本オラクルのアプライドAIエンジニアが顧客企業の現場に直接入り込み、複雑な業務要件をヒアリングしながら、プロトタイプの開発とフィードバックを素早く回す伴走型の支援体制である。小林氏は「従来のIT開発のように要件を聞いてから時間をかけて物を作るスピード感では通用しません。オラクルのエンジニアが現場に伴走し、短期間でダッシュボードやエージェントの実装を行える体制があったからこそ、プロジェクトを即座に始動できました」と評価した。

 この体制のもとで開発したプロトタイプでは、社内の複数システムやクラウドに分散していたデータをダッシュボード上に一元表示するだけでなく、AIが店舗ごとの売上規模や取扱商品、季節変動などの特性を自動分析し、「次にECCが取るべき営業アクション」を画面上に提示する仕組みを構築した。加えて、優秀なECCの成功事例や提案の知見をAIが取り込み、組織全体で共有・再利用できる設計となっている。

 楽天では今後、このAIエージェントを一部のECCで運用して成果を確認しながら、全ECCへと段階的に展開していく。既存のデータ基盤はそのまま生かし、オントロジーで関連付けるデータや対象業務を広げていく考えだ。

AIを基幹業務で動かすために欠かせないこと

 生成AIから始まったAI活用が、「実験」から「基幹業務での実行」へとフェーズを移す中、企業に求められているのは、単なるAIモデルの比較検討ではない。自社の基幹データに対し、ビジネスコンテキストや意味合いを付与したオントロジーをいかに構築し、安全な実行環境を整えられるかが問われている。長年にわたりデータベース技術の高度化と共通のデータモデルの有用性を追求してきたOracleの設計思想は、AI時代に新たな意味を持ち始めていると言える。

 また、両社の講演からは、ベンダーとの連携のあり方についての論点も見えてくる。楽天が評価したのは、現場に入り込んで短期間で形にする日本オラクルのエンジニアの伴走だった。その背景には、社内の開発リソースが既存データの整備に割かれているという事情もあった。他方で丹下氏は、現場で求められる作業の大半は泥臭いデータ整備だと指摘する。現場に入り込むエンジニアに、構想づくりやプロトタイプ開発だけでなく、データ整備まで含めた実務をどこまで担ってもらえるのか。ユーザー企業がベンダーを選ぶ際の新たな評価軸となりそうだ。

 では、AIを基幹業務に組み込むには何が必要なのか。両社の事例からは、三つの条件が浮かび上がる。第1に、AIが正しく読み解けるよう、データの意味や文脈をそろえること。第2に、巨大なデータ基盤の完成を待たず、対象業務から小さく始めて段階的に広げること。そして第3に、泥臭いデータ整備から短期間での実装までを担う実行体制を確保することだ。業種も出発点も異なる矢崎総業と楽天だが、いずれもこの三つに向き合いながら、AIを基幹業務に組み込もうとしている。