「操作しないERP」は何をもたらすか Worksmith・JohnnyPopsの実践に学ぶ

2026年10月29日09:00|コラム|谷川 耕一
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 米国ラスベガスで10月25日から28日まで、米Oracleの年次カンファレンス「Oracle AI World/SuiteWorld 2026」が開催された。SuiteWorldの基調講演に登壇したOracle NetSuite創業者兼エグゼクティブ・バイスプレジデント(EVP)のエバン・ゴールドバーグ氏は「従来のERPは終わりました」と宣言し、画面を操作する代わりに自然言語で指示して業務を進める新しいERPの姿を示した。ステージには店舗施設の保守管理を手がけるWorksmithと、フローズンスイーツを展開するJohnnyPopsの経営幹部も登壇し、導入期間や月次決算の短縮といった成果を語った。ERPを「操作しない」時代に企業は何を得て、何を整えておくべきなのか。本稿では基調講演と2社の発言を基に考える。

「従来のERPは終わった」 ゴールドバーグ氏が掲げるAI as the UI

 ゴールドバーグ氏は講演の冒頭で「従来のERPは終わりました」と語りかけた。これまでのERPは利用者に複雑なメニューをたどらせ、帳票を探させ、いくつもの画面を行き来してデータを突き合わせさせてきた。つまりシステムの都合に人が合わせてきたのである。同氏はこうした作業から人を解放する考え方として「AI as the UI」を掲げた。これは、利用者がやりたいことを言葉で伝えれば、システムが意図をくみ取り必要な作業画面や実行計画を組み立てるものだ。

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Oracle NetSuite 創業者 兼 EVP エバン・ゴールドバーグ氏

 この体験を実現する基盤として紹介されたのが「NetSuite Next」と、その中核で動く対話型アシスタント「Ask Oracle」である。あわせて45種類を超える業務スキル群「SuiteSkills」も発表された。財務分析や差異の特定、請求漏れの検知といった業務ロジックをあらかじめ組み込んだもので、業務知識を持たない汎用AIモデルの推論を補う。外部のAI基盤と連携した場合も同じ判断基準を提供できるという。このほかダッシュボード上に自然言語で表示領域を生成する「AI Portlets」や、一連の業務プロセスを人とAIエージェントが分担して進める「AI Workspaces」も示された。

 ゴールドバーグ氏が強調したのは、AIに業務の文脈を与えることの重要性だ。「業務の文脈を持たないAIの推論は、自信ありげに見えても当て推量に過ぎません」と述べ、28年間で4万4000社以上から蓄積してきた業務プロセスやデータ構造、統制ルールがあるからこそ、AIは正確な判断を下せると説明した。ERPを過去の取引を記録する道具から、承認や照合といった日々の業務を先回りして引き受ける存在へ変える。それによって人は新市場の開拓や新規事業の立ち上げに時間を使えるようになる、というのが同氏の描く姿である。

6カ月の見込みが60日に Worksmithは会議の録音から導入を進めた

 基調講演には、店舗施設や設備の保守管理プラットフォームを提供するWorksmithの最高執行責任者(COO) スティーブ・ヘール氏が登壇した。

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Worksmith COO スティーブ・ヘール氏(左)

 同社は全米5000以上の小売店舗やブランド拠点を顧客に持つ。各店舗から寄せられる施設メンテナンスの依頼を受け、専門業者の手配から作業完了の確認、支払いまでを一括して管理している。業者への支払いは毎日大量に発生するため、NetSuiteの導入にあたっては自社開発のソフトウェアとの連携が前提となった。ヘール氏は「1日あたり数千件の取引を処理する必要がありました。導入には通常6カ月ほどかかると見込んでおり、私自身の時間も相当取られるため、事業運営上の大きな決断でした」と振り返る。

 その導入期間を縮めたのが、今回発表されたAI主導の導入手法「SuiteExpress」である。会議の録音や既存の文書から企業固有の業務要件をAIが抽出し、NetSuiteが業界別に蓄積してきたベストプラクティスと突き合わせて、どう設定すべきかを固める。そのうえで初期設定やデータ移行、検証テストといった手間のかかる作業もAIエージェントが進める。ヘール氏は「会議が録音され、文字起こしされたことで、自社チームと導入支援チームの双方に向けて、すぐ着手できる実用的なTo-Doリストが自動で生成されました。会議の合間や少し時間が空いたときに片付けられるタスクが分かり、次の会議の前にはもう終わっている状態を作れました」と説明した。

 結果として、6カ月を見込んでいた導入は60日で完了した。ヘール氏は「30日ほど経った時点で進捗を確認したら、すでに完成にかなり近づいていました。確保していた残り5カ月の時間をどう使おうかと考えたほどです」と語り、会場の笑いを誘った。

 Worksmithはすでに次の取り組みに移っている。ヘール氏は「当社にとってベンダーへの支払いは極めて大きな割合を占める業務で、手作業が多く煩雑な領域です。まずはこの支払い処理の自動化をさらに進めたいと考えています。固定資産管理の領域でも新たな仕組みを活用していく予定です」と話す。導入に数カ月を割かずに済んだことで、機能の追加に早くも踏み出せるようになったという。

慎重派だったJohnnyPops、決算期間を半分にして戦略に時間を振り向ける

 続いて登壇したユーザーは、人工着色料不使用で果実などのシンプルな原材料を追求したプレミアムなアイスキャンディーを展開するJohnnyPopsの共同創業者で最高財務責任者(CFO)のコナー・レイ氏である。

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JohnnyPops 共同創業者 CFO コナー・レイ氏(左)

 同社は大学の学生寮で友人たちとミキサーを使ってアイスを作ったことから始まり、地元のファーマーズマーケットでの販売を経て、全米の主要小売店で扱われるブランドに成長した。NetSuiteを導入してから事業規模は10倍以上になり、その間に業務プロセスの見直しを繰り返してきた。

 ただしAIの採用には当初慎重だったという。レイ氏は「慎重にならざるを得なかった理由は主に二つありました。一つは、これらのツールが事業を前に進める有意義な成果を生むのか、それとも現場を混乱させて業務を止めてしまうのか不明確だったという点です。もう一つはデータへの信頼です。従業員や顧客から預かったデータを安全に守り、企業としての責任を果たし続けられるのかという不安がありました」と明かした。

 転機になったのは、前年のカンファレンスでNetSuiteが示した製品の方向性と、約6カ月にわたる事前検証だった。データの機密性と統制が保たれることを確かめた同社は、早期プレビュープログラムを経てNetSuite NextとAsk Oracleを本番環境で使い始めた。操作に迷った利用者がすぐ従来の画面に戻れるようにしたことで、現場への定着も進んだ。

 最初に表れた効果は月次決算の短縮である。レイ氏は「毎月の決算期間をほぼ半減させることができました。以前は翌月第2週までずれ込んでいた締め作業が、第1週末までには完了するようになっています。単に期間が短くなっただけでなく、数値の正確性や、以前は四半期に一度しか確認できなかった範囲のデータについても、これまでになく確信を持てるようになりました」と話す。決算期末に集中していた例外処理や照合をAIが日々の業務の中で検知し、解消を支援するようになったことで、財務チームの業務負荷は月の中で平準化された。

 社内の情報共有にも変化があった。これまで基幹システムの管理者に寄せられていた「新しいレポートを作ってほしい」「この条件で検索やダッシュボードを組んでほしい」といった依頼が大きく減ったのだ。現場の担当者が「Ask Oracle」を使い、普段の言葉で問いかけるだけで必要なデータや分析結果を自ら引き出せるようになったためである。

 レイ氏は「決算や日々のデータ抽出といった戦術的な作業に月の大半を費やすことがなくなり、急速に成長を続ける事業を支えるためにどのような基盤や機能を整えるべきかという、将来に向けた戦略的な課題に時間とエネルギーを使えるようになりました」と語った。

 講演の終盤、ゴールドバーグ氏から「従来のERPの終焉」の意味を問われたレイ氏は、業務の最前線で起きている変化を次のように語った。

 「社内の多くの従業員が基幹データに関わっていますが、彼らは自分がERPを操作しているという意識をまったく持っていません。日々の業務の中で疑問を持ち、やりたい作業を進めているだけです。だからこそ権限やセキュリティ、データの信頼性といった土台の設計がこれまで以上に重要になります。一人ひとりが自分で飛行機を操縦して目的地へ向かうのではなく、エージェントが実行や衝突回避を支え、人間は管制塔から全体を見渡して指揮する。そうした働き方への移行が求められています」

ERPを「操作しない」時代に何が必要か

 ゴールドバーグ氏の宣言と2社の実践からは、ERPを「操作しない」時代に企業が備えるべきことが三つ見えてくる。

 第1に、AIに業務の文脈を与えるデータである。対話が流暢なAIを組み込んでも、自社の取引や勘定科目、承認ルールを知らなければ、決算の差異の原因や請求漏れを正しく指摘することはできない。NetSuiteが業務ロジックを組み込んだSuiteSkillsを用意し、28年分の蓄積を強みとして打ち出したのもそのためだ。AIが業務で役に立つかどうかは、モデルの性能以上に、自社の業務をどれだけ知った状態で動かせるかにかかっている。

 第2に、権限と統制の設計である。レイ氏が語ったように、利用者がERPを意識しなくなるほど、誰がどのデータを見ることができ、AIに何を実行させてよいのかを事前にきちんと決めておく必要がある。AIが根拠と選択肢を示し、最終的な判断は人が下す。データが守られる仕組みを確かめられたからこそ、慎重だったJohnnyPopsも本番適用に踏み切れたと言える。

 第3に、小さく試し戻れる道を残しておく進め方である。JohnnyPopsは約6カ月の検証を経て、従来の画面にいつでも戻せる状態で使い始めた。Worksmithも導入を短期間で終えたうえで、支払いや固定資産管理へと対象を広げようとしている。

 もっとも、今回の成果は基調講演に登壇した2社のものであり、どの企業でも同じ結果が得られるとは限らない。それでも導入に半年、決算に2週間かかるという前提が変わり始めていることは、2社の例が示している。JohnnyPopsが決算で浮いた時間を事業基盤の検討に充てたように、その時間を何に使うかは各社の判断に委ねられている。