ソフトウェアやアプリの上に、使い方などを重ねて表示することで定着化を支援するDAP(デジタル・アダプション・プラットフォーム)。まだ一般的とは言えないが、少しずつ広がっている。会計ソフトで知られる弥生は、クラウドサービス「弥生 Next」のローンチに合わせてPendo.ioのDAP「Pendo」を導入、主要機能の利用率改善などで手応えを感じているという。弥生で次世代本部次世代戦略部部長の広沢義和氏、同次世代戦略部プロダクトデータ分析担当の住澤大輔氏と藤村和輝氏の3氏に話を聞いた。
会計ソフトウェアはインボイス制度や電子帳簿保存法改正などの大型法令改正が追い風となり、市場が拡大している。市場の重要なトレンドがクラウドであり、弥生は2023年にクラウドサービスの新ブランド「弥生 Next」を立ち上げた。主要製品は「弥生給与 Next」と「弥生会計 Next」の二つ。弥生給与 Nextには勤怠管理の「弥生勤怠 Next」や労務管理「弥生労務 Next」(4月下旬提供開始予定)が、弥生会計 Nextには請求書作成・管理の「弥生請求 Next」や証憑管理「弥生証憑 Next」、経費精算の「弥生経費 Next」といった機能が含まれる。従来提供していたクラウドサービスのリブランドも含め、中小企業のバックオフィス業務を支援する製品群を集めたかたちだ。
戦略的製品と位置付ける弥生 Nextの開発のために、弥生は次世代本部を新たに立ち上げた。同本部には、製品開発を行う部に加えて、プロダクトデータ分析チームを設けた。データやAIなどの先進技術を活用して「半歩先からお客様を支援する」(広沢氏)というビジョンを掲げており、その象徴的な組織と言えそうだ。
プロダクトデータ分析チームは住澤大輔氏、藤村和輝氏の2人体制で、製品がどのように使われているのか各種KPIのモニタリング、要因分析、改善を行う。プロダクトのデータ分析は以前から行っていたが、専任者を置いてPDCAをしっかり回すという点で、弥生にとっては初めての試みとなった。
弥生の従来のクラウドサービスでは、ユーザーの利用定着に課題を感じていたという。使われなくなってしまった理由を分析しようにも、ページアクセスの数字は取得できたが、それだけでは細かな機能の利用状況は分からない。「利用状況が改善しない要因を分析し、PDCAを回したいというニーズがありました」と住澤氏。さらに藤村氏は、「電話アンケートや、カスタマーセンターに入った問い合わせを通じてのヒアリングは行っていましたが、接触できるお客様だけではなく、全ユーザーに当てはまる課題を把握したかったんです」と続ける。
加えて、スピード感についても課題意識を持っていた。「それまでは情報システム部門にデータ抽出を依頼し、情報をもらってExcelで集計分析するというやり方でした。(弥生 Nextシリーズのような)SaaSのプロダクトではPDCAをクイックに回すための分析体制も必要でした」と住澤氏は話す。
ユーザーの利用状況を把握・分析し、弥生 Next製品の改善をスピーディーに進めるためのツールとして採用したのがPendoだ。23年7月の新組織の立ち上げの1カ月後に導入を決め、秋にPoCを開始した。3カ月のPoC期間で、「製品(機能)の利用についてボタン要素のクリックなど細かな単位で利用実績を取得できる」「アクセス数と機能の利用状況について想定している主要導線をたどっているユーザーの割合が分かる」「離脱ポイントを特定できる」「クイックに分析を回すことができる」「外部ツールと連携できる」といった点を確認し、本格的な導入に至った。
同社は弥生 Nextの5製品でPendoを段階的に導入している。KGIとしてユーザーの契約更新、無料体験プランから有償プランへの転換などを設定、その下にKPIとしてユーザーの定着度合いを図る指標を各製品2~3個設定し、モニタリングしているという。例えば弥生給与 Nextでは「給与明細の作成率を主要な指標とし、その前段階にあたる複数の操作ポイントもあわせてモニタリングしています」と住澤氏は説明する。
KPIは基本的にプロダクトデータ分析チームの2人が案を作り、開発チームと認識をすり合わせた上で決めている。開発側から、新機能の利用状況を見たいという要望が入ることもあるという。
離脱については、Pendoの「アナリティクス」と「ガイド」の二つの機能を活用している。アナリティクスに含まれるファネル分析機能では、ユーザーの行動をモニターする一連のステップを定義し、そのステップ通りに移動するユーザー数を測定することで、どこで離脱したのかが分かる。給与明細の作成を例に取ると、最初のステップである手続きの発行から始まる一連のステップを定義し、どこで離脱が起きているのかを見る。「操作に慣れている人・いない人、などのユーザーセグメントを作成し、どこで操作に慣れていない人の落ち幅が大きいのか、特定の機能が使われていないのか、などが分かるようになっています」と住澤氏は説明する。
ガイドは、コンテンツ上に次のステップや機能の説明などを表示できる機能だ。ファネル分析で見えてきた離脱ポイントに対し、次は離脱を防ぐためにガイドを使って次のステップを知らせるという施策を行った。先に例示した給与明細の作成プロセスでは、手続き発行から明細作成までのプロセスをサポートするガイドを複数設置した。
外部ツールとの連携も進めている。マーケティング連携では、Pendoで把握できた利用状況データを基に、「Adobe Marketo」を使ってメールを配信している。初期設定が途中で止まってしまっているユーザーに対して、次のステップを促すようなメールを送っているという。
BIの「Domo」とも連携し、Pendoのデータを使ってDomoで利用状況の可視化やダッシュボード化をしたり、結果を日次更新したりするなどの取り組みが進んでいるそうだ。
Pendoの本格導入から1年以上が過ぎた現在、当初検討していたことは全て実現できており、ユーザーの利用率向上を実感しているという。一例として、先述の給与明細の作成では、「ガイドを利用したユーザーの定着率は、そうでないユーザーの1.4倍に達しました」と住澤氏は手応えを話す。
広沢氏は、「定着率は、ユーザーに継続して利用していただく先行指標になります。我々のビジネスの収支に大きく影響する重要な指標で、ここが改善されたことは大きい」と評価する。社内でも取り組みが認められ、年次の社員総会で社内表彰を受けたという。
当初は予定していなかったPendoの使い方も生まれている。「ガイド機能はノーコードで実装できるため、開発側の実装を待たずにガイドで実現できることがあります」と住澤氏。「例えば、弥生会計 Nextには複数の関連製品が組み込まれていますが、リリース時は製品間を移動する動線が製品内には整備されていませんでした。開発で対応すると時間がかかるため、Pendoのガイド機能が採用され、製品間の動線を実装した実績があります」。2週間程度の作業で実装でき、開発で実装する場合と比べてリリースを2カ月前倒しできたという。
ガイド実装前の仕様では製品間の遷移にひと手間かかる状態であり、直接遷移できればユーザーの利便性も上がる。複数の製品をスムーズに使ってもらうことで、ユーザーのさらなる業務効率化にもつながる。ガイドは離脱対策だけではなく、製品改善の効率化にも一役買っているようだ。
弥生 Nextの利用についてのデータが可視化されたことで、弥生社内でも、さまざまな部門で業務の進め方に変化が起きている。Domoとの連携により、セールス&マーケティングなど他の部もPendoの数字を見られるようになった。「部門を跨ぎ共通のKPIをモニタリングしながらビジネスを推進できるようになっています」と住澤氏は説明する。また、Pendoの数字は開発部門とも共有しており、藤村氏は「プロダクトオーナーから、数字が見えるとエンジニアのモチベーションになるという声をもらっています」と話す。自分たちが開発した機能が実際に使われているのか、目標に達していなければどうやって高めていくのかを考えるきっかけになっているという。さらに、データの集計にかける時間も減り、問題解決のアイディアに多くの時間を割けるようになった。
今後は他の製品にもPendoの利用を拡大していきたいという。また、「NextシリーズではAIを活用した機能などの開発も検討しており、新機能についてもPendoで利用状況を確認しながら展開を進めていきたい」と藤村氏。機能開発ありきではなく、ユーザーの利用状況を見て効果的な活用をサポートするというスタイルは、「ユーザーの半歩先でガイドしたい」という同社の姿勢の表れと言えそうだ。