自動車大手の米Ford Motor Company(フォード)が従業員体験(EX)の向上に本腰を入れている。「自動車業界は激動期にあります。優秀な人が働きたいと思う職場にならなければ」と話すのは、EX分析のためにフォードに加わり、EX分析戦略担当グローバルディレクターを務めるKalifa Oliver(カリファ・オリバー)博士。米Qualtrics(クアルトリクス)が提供するエクスペリエンスマネジメントプラットフォーム「Qualtrics XM Platform」(Qualtrics)を自らの「片腕」と位置付ける。EX分野の専門家でもあるオリバー博士に、クアルトリクス製品を活用してフォードがどのようにEX改善を進めているのか詳細を聞いた。
オリバー博士は2023年末にEXの担当者としてフォードに加わった。「CEO、CHRO(最高人事責任者)をはじめとした経営陣は、激動期にあるこの業界で生き残り、進化し、成長を遂げるためには人を惹きつける会社でなければならないと考えています」と説明する。ただしオリバー博士は、フォードの目標はさらに高いところにあるべきと考えており、人材を惹きつけるだけでなく「維持し、成長する場にしたい」という。そのためにはパフォーマンス管理だけでなく、従業員一人一人を認識し、配慮する必要があり、EXの向上は不可欠というわけだ。ちなみにフォードは米ビジネス誌Forbesの「World's Best Employers(世界で最も働きがいのある会社) 2024」で74位にランクしている。自動車業界ではBMWグループが5位でトップ、トヨタ自動車は36位だ。
フォードは米国のほか、カナダ、英国、ドイツ、タイ、中国など世界に主要拠点を持ち、従業員数は約15万人。この規模でEX改善に取り組むにあたって、Qualtricsを活用することにした。実は5年前からQualtricsを導入してはいたが、バージョンが古く、EXに特化した機能は使えなかったという。オリバー博士の就任と契約更新を機にアップグレードし、EX管理機能「XM for Employee Experience」を利用できるようにした。合わせて、部門や拠点ごとにあった複数の小型の契約を一つの契約に集約した。
従業員の声を聞くための具体的な取り組みとしては、既存の年1度の従業員調査に加え、毎月のパルス調査(簡易調査を繰り返しリアルタイムで従業員の意識をチェックする手法)を新たに始めた。
年次の調査は全従業員を対象とし、約45問のクローズド質問(選択肢から回答)と、1問のオープンエンド質問(自由回答)で構成される。所要時間は約7分程度と見積もる。リアルな声が聞けそうなオープンエンド質問をあえて1問にしているのが特徴的だが、理由は明確だ。「回答に時間がかかるし、オープンエンド型が多いと回答をコピー&ペーストして同じような記入になりがちです。回答の処理にも時間がかかります」
パルス調査はオリバー博士就任後に開始したもので、従業員をランダムにサンプリングして行う。1人の従業員が年3回パルス調査に参加するような計算だという。時系列での変化を追跡して異常値がないかを見たり、傾向を把握したりするのが目的だ。
こうした取り組みにおいてフォードは、Qualtricsのコアのサーベイ機能に加えて、EX特化の機能としてダッシュボードのカスタマイズ、洞察、マネージャーを支援するAI機能の「Manager Assist」などをフルに活用しているという。
EX改善の基盤としてQualtricsを選んだ理由は、既存の契約があったというだけではない。Qualtricsを評価するポイントとしてオリバー博士が最初に挙げたのは、1人1人に向き合うEXを大規模かつ多様な人々に対して行うことができるスケール (拡張性)だ。「コンピュータの前に座っているホワイトワーカーの測定は比較的簡単にできます。しかし、工場、検査や整備を行うデポでも多数の人が働いています。全ての従業員をカバーするためにはEXシステムにスケール(拡張性)があることが必須でした」。職種の幅広さへの対応だけでなく、地域的なカバレッジも重視しており、グローバルに拡大する各拠点でも無理なく利用できるような、拡張性のあるプラットフォームを必要としていた。
次に挙げたのが多様な調査に対応している点。「Qualtricsは調査の種類、ベンチマーキング、質問項目の種類などバリエーションが豊富」とオリバー博士。質問を工夫したり、結果を表示したりするマネージャー向けのダッシュボードをカスタマイズできるなど、求めていたことが実現しやすいツールだと判断した。
回答者のユーザー体験が優れていることも、Qualtricsのメリットとして評価しているという。「調査のルック&フィールなどのカスタマイズにより、回答率を上げたかったのです」と話す。
年次調査はQualtricsをアップグレードして1回目を実施したところだ。回答率はそれまでの59%から84%へ、25ポイントアップした。オリバー博士は「優れたテクノロジーとコミュニケーションの効果が出た」と手応えを感じている様子。調査へのアクセスとして、メールだけでなく新たにQRコードを用意するなど従業員の利便性に配慮した。調査そのものも、PCでもモバイルでも回答しやすいインターフェースにしたことが回答率アップにつながっていると見る。
測定している要素は、満足度、会社戦略の理解、マネージャーとの関係、キャリア構築の可能性、インクルージョン感など。「フォードブランドは従業員にとっても誇らしいもので、ブランドへの満足度は高いことが分かりました。では満足していない理由はどこにあるのか。キャリア開発の可能性なのか、適切に扱ってもらっていないと感じているのか、報酬なのか、会社戦略の理解が低いからかなど、時間をかけて測定しているところです」と現状を説明する。
EXは調査だけでなく、その後のマネージャーのアクションがあってこそ改善していく。これについても「アップグレードにより得られたダッシュボードを活用しています」とオリバー博士。ダッシュボードは役割別に作成しており、その役割で重要な情報が一目で把握できるようにカスタマイズしている。「調査回答の上位3項目、下位3項目、注力すべき点がすぐに分かるようにしています。トレンドや、取るべきアクションも提示しています」
例えば「上司とのつながりを感じない」といった質問に、10人のチーム中、5人が「イエス」と回答すれば、この問題にフォーカスするようにアクションを促す。1対1の面談を検討するなどのアクションプランを提示し、実行したらその履歴を残すことができる。アクションはフォードが独自に定義してQualtricsのシステムに組み込んでいる。
Qualtricsのアップグレードにより、EX強化の道筋と体制の整備を進めたフォード。当面はマネージャー層にダッシュボードへのアクセスを増やしてもらい、状況の把握からアクションという改善のプロセスを回してもらうことにフォーカスする。
顧客体験(CX)領域でも先にQualtricsをアップグレードして活用していることから、今後はEXとCXの連携を進めていくことも考えている。「フォードの従業員は顧客でもあります。このような素地を最大限に活用したい」とオリバー博士。
QualtricsのAI機能についても、本格導入はまだだが興味を持って動向を追っているところだという。中でもオンボーディングではAI活用の意義がありそうだと見ている。また、クアルトリクスが昨年発表した「Manager Assist」のように、マネージャーの作業を容易にするようなAIにも期待を寄せた。同時に、「EXの"E"は従業員であり、人。非人間的になっては逆効果」と、AI活用における留意点も指摘した。
オリバー博士はEX分野で高い評価を受ける著作(「I think I love my job」)があり、大学で講義をする専門家だ。そうした立場から、最後にEX向上に取り組む日本企業にアドバイスをうかがったところ、次のように答えてくれた。
「人事ソリューションを導入する際には、問題を探すためにソリューションを購入するのではなく、既存の問題の解決のためのソリューションを探すことが重要です。自社が抱えている問題は何か、それを解決できるテクノロジーは何かの視点がなければ、失敗に終わる可能性が高い。新しいから、魅力的だから、という理由だけで導入すべきではありません」。問題解決の視点でテクノロジーを考えることが重要だと強調した。