顧客の「潜在的不満」を経営に直結 auじぶん銀行が生成AIで進化させたVOC活用の新哲学

2025年10月28日15:00|インサイトCaseHUB.News編集部
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 auじぶん銀行は、顧客体験(CX)の向上をテーマに掲げ、顧客の声(VOC: Voice of Customer)を経営に埋め込む取り組みを推進している。従来、VOCを収集して顧客体験改善の具体的なアクションにつなげるために膨大な工数がかかることが大きな課題だったが、このプロセスを効率化するために導入したのが、生成AI搭載のVOC分析・活用支援ツール「RightVoC by KARTE」だ。全社横断のVOC改善活動をどのように実践しているのか、取り組みを主導するCS本部長の堀野和明氏に話を聞いた。

顧客接点の品質追求こそがネット銀行の差別化につながる

 auじぶん銀行は、auフィナンシャルグループに属するインターネット専業銀行であり、スマートフォンを起点とした金融サービスを提供している。ネット銀行は店舗を持たないからこそ、顧客との接点でいかに顧客視点を取り込むかが重要だ。金融の無形商材という性質上、他行との差別化要素は見えにくい。そのため、顧客へのサービス提供品質の追求が営業力の向上につながる。

 こうした背景から、同行では、顧客のタッチポイントの最適化と顧客満足度の最大化を目指しており、顧客中心のコンタクトセンター運営やVOCデータを活用したサービス改善、WebサイトやアプリケーションのUX向上に積極的に取り組んでいる。実際に、顧客対応部門に対する国際的なサポート格付け「HDI(Help Desk Institute)」でも高い評価を得ている。

 堀野氏は、「顧客視点を経営に埋め込むというスタンスを強く持っており、この観点からVOCの改善では、かなり先行している企業の一つだと思っています」と述べる。

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auじぶん銀行 執行役員 CS本部長 堀野和明氏

月間8万件の問い合わせ中、VOCとして抽出できたのはわずか1.7%

 一方で、従来のVOC抽出から改善の実行までのプロセスには課題もあった。VOCの抽出は、各センターのオペレーターが主観でピックアップした内容に限られていたため、月間平均約8万件の全問い合わせ件数のうち、わずか1.7%(月間平均1368件)しか収集できていなかった。

 堀野氏は、「電話をかけさせてしまった時点で、顧客は何かしら不満や苦労を抱いているはず」だと指摘し、顧客の声として収集できている1.7%という数字では、情報量が圧倒的に不足していると感じていた。

 さらに、コンタクトセンターの現場における苦情のテキスト化、企画部門での分類分け、部門割り当てといったVOCの収集・分類・展開作業には月間約290時間に及ぶ膨大な工数がかかっていた。VOCは翌日中に全社に展開していたため、担当者の負荷も大きかった。また、この作業は主にExcelを用いて行われていたため、データ量が増加するとファイルの破損や閲覧に時間がかかるなどの問題も発生していた。

 これらの課題を解決するためには、特定のタスクを部分的に自動化するのではなく、VOCの収集から顧客体験改善の実行までのプロセス全体を効率化し、サイクルをスムーズに回すための仕組みを導入すべきとauじぶん銀行は考えた。

 同行では、VOC活用のツール導入における「あるべき姿」として、VOC定義分類、課題分類、所管部付与などが自動でできること、音声、テキスト含む全タッチポイントからVOCを抽出できること、VOCから商品・サービス改善案を提案してくれること、そしてVOCを閲覧する際も誰もが容易に閲覧・課題把握できることという四つを掲げた。これらの要素を高いレベルで実現するためには、VOCの前後の文脈から顧客の「お困りごと」を判断できる生成AIを搭載したツールが不可欠とも考えたという。

生成AI搭載「RightVoC」を採用、提案機能と既存システムとの連携を重視

 上記の四つの要件をもとにツールを検討・比較した結果、採用したのが「RightVoC by KARTE」だった。RightVoCは、音声認識テキスト化ツールと併用することで、電話、チャット、メールといった顧客タッチポイントからの問い合わせ全てから、VOCを抽出できる。これにより、90%以上の顧客の声を可視化し、潜在的な課題を捉えることが可能となった。また、音声を自動でテキスト化することで、オペレーターの主観やバイアスが入ることなく、顧客の発言がありのままに記録される。そのため、一人の顧客が複数の苦情や要望を発した場合も、その全てが記録される。

 また、同行はツールの導入にあたり、VOC改善を担う部門担当者の経験値やノウハウに依存していた改善策提案能力のバラつきの解消を重視していたが、この点でも大きな手応えを感じているという。RightVoCは、AIで膨大なデータを分析し、インシデント解決のための複数の提案を迅速に提示するため、改善の着手に至るまでの時間を大幅に短縮できる。実際、導入後は従来の人間による試行錯誤で1週間ほどかかっていた回答出しが、データを分析して数秒で改善案を得られるようになった。対応部門は「何をすべきか」の案出しではなく、「どの案を優先するか」を判断する段階から改善対応をスタートできる。

 auじぶん銀行が既に導入していたWeb行動分析ツール「KARTE Right Support」との連動性があったこともRightVoC by KARTEの採用を後押しした。RightVoCが「顧客はWebのこの画面で困っている」と分析した場合、Right Supportを通じて「この場所にポップアップを出して誘導してはどうか」といった、より具体的で即効性のある改善策が提案される。

 VOCの収集から展開に至るまでの作業負荷の増大、VOC情報管理に使っていたExcelファイル破損や閲覧の遅延といった課題の解決にもつながった。RightVoCは、収集されたVOCの定義分類、課題分類、そして原因となっている所管部門への付与(割り当て)を、生成AIの文脈判断能力を活用して、可能な限り自動で行う。また、これまでExcelで一覧化していたVOC情報は、ダッシュボードとしてグラフや一覧で可視化され、経営層や各部門の担当者が迅速に閲覧し、課題を把握できるようになった。

 現在では、企画部門だけでなく各サービス所管部門がこのツールにアクセスするようになり、各部門が自分たちに関わるVOCを参照し、VOCからの改善アクションを自ら完結できる仕組みも構築し、活用している。

パイロットユーザーとして製品の進化にも貢献

 RightVoC by KARTEの導入にあたり、同行は単なるツールの利用者としてだけでなく、パイロットユーザー的に製品の進化にも大きく貢献することとなった。

 auじぶん銀行は、苦情、意見・要望、相談・照会といった従来のVOC定義に加えて、「潜在的不満」という新しい分類をVOCの定義に追加した。これはCS業界でもハイレベルな概念であり、これを見いだすための機能の実装は、ツールベンダーにとって高度なチューニングが求められる要素だった。

 潜在的不満とは、顧客が「〇〇が分からなかったので電話した」のように、本当はWebサイトなどで自己解決したかったが、それがかなわず労力をかけて問い合わせに至ったケースだ。たとえば、表面上の問い合わせは単なる「住所変更」の依頼でも、その背景にある「住所変更の際のWebサイトの分かりにくさ」といった不満を抽出し、改善に生かすのだ。

 auじぶん銀行は、この複雑な潜在的不満の検出・分類を生成AIに実現させるため、ツールベンダーに対し要件を提示して、ツールの分析能力の拡張を推進している。

VOCの収益やコストへの影響を測定、改善活動をさらに高度化

 auじぶん銀行では、RightVoC by KARTEの活用で90%以上の顧客の声を可視化できるようになり、一人の顧客が発信する「声」の情報量がじつはかなり多いという実態が明らかになった。以前は一人の顧客につき一つか二つの苦情として記録されていたものが、実際には1回の電話で「Webサイトが分からない」「チャットボットが機能しない」など、苦情、要望、潜在的不満などの複数の声をまとめて顧客が発信している。

 ツールによる自動化でVOCの集計・分類にかかる工数は削減できた一方で、集まった「顧客の声の総量」が大きく増えたため、対応に費やす時間はじつは増加している。しかし堀野氏は「銀行サービスの持続的成長という観点では、緊急性は低くても企業として対処すべき潜在的な顧客の不満や要望をキャッチできるようになったことは、VOC活用の大きな前進だと見ています」と話す。

 さらに、auじぶん銀行はVOC改善を単なる顧客満足度向上にとどめず、収益やコストへの影響という経営視点と結びつけることを目指している。そのために、VOCが経営に与える影響度や優先度を可視化する「経営インパクト指標」を独自に策定中だ。ハインリッヒの法則、グッドマンの法則などCS業界の法則に基づき、苦情を訴えない「サイレントカスタマー」が潜在的にどれだけ存在するかという重み付けの数値や、顧客の単価などの要素を指標に組み込む。これにより、「100件上がっている声よりも、経営インパクト指標で見ると5件の声の方が早急に対応すべきといった判断ができるようになります」と堀野氏は述べる。

 現在、この指標を計算するためのウェイト付けや顧客単価の金額などを考慮した公式を、RightVoCのツール内に組み込めるようベンダーに依頼しているという。全てのVOCのビジネスインパクトを算出できるようなツールへと拡張を進めることで、真に収益やコストに影響を与える声に基づいた、客観的な改善活動を推進していく計画だ。