脱サイロ化の処方箋、フィリピン日産が58ディーラーを巻き込みビジネス基盤を統一

2025年8月21日10:50|インサイト本多 和幸
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 フィリピン日産は、市場トレンドの変化に対応してパーソナライズされた顧客アプローチを実現するためのビジネス基盤として、シンガポールに本社を置くTechnosoft Automotive(テクノソフトオートモーティブ)の自動車業界向けソリューション「Technosoft Automotive Solutions」(TAS)シリーズを採用した。老朽化システムの単なる更新ではなく、「ビジネス効果を創出する」という明確な目的を掲げて経営層や社内のコンセンサスを得たことがスムーズな導入につながったという。テクノソフトオートモーティブ日本法人のTechnosoft Japanが2025年6月に開催したセミナーでは、日産グループASEAN地域の情報システム業務を統括する、タイ日産自動車 ASEAN IS/IT ゼネラルマネージャーの沖野健介氏が登壇。プロジェクトを成功に導いたポイントを解説した。

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タイ日産自動車 ASEAN IS/IT ゼネラルマネージャーの沖野健介氏

「台数」から「収益性」へ、トレンド変化が浮き彫りにしたシステムの分断

 日産自動車のフィリピンにおける販売拠点であるフィリピン日産は、生産設備は持たないが、国外から輸入した日産車を同国内58店舗の日産ディーラー網に卸す機能を担う。日産グループの中ではASEAN地域トップクラスの販売台数を誇る重要拠点だ。

 沖野氏によれば、自動車業界は従来、グローバルでとにかく販売台数の規模を追うという流れが一般的だったが、近年は各地域・市場における収益性を重視する方向にトレンドがシフトしているという。これに伴い、日産グループはIT投資も市場ごとの最適化に注力している。

 そうした観点でフィリピン市場には大きな課題があった。ディーラーごとに別々のディーラーマネジメントシステム(DMS:ディーラーが販売、在庫、顧客情報などを管理するためのシステム)を導入しており、オペレーションが統一されていなかった。また、OEM側(日産側)の販売・在庫管理システムも、車両用と部品用の二つのシステムに分かれており、いずれもスクラッチ開発の古いアプリケーションだった。これらはSAP製ERPの財務会計モジュールと連携して稼働していたが、アーキテクチャのサイロ化やデータの分散、業務プロセスの複雑化といった問題を引き起こしていたという。

「我々IS(Information System)/ITチームとしては、システムの運用コストが膨らみ、老朽化したシステムを一つ一つ更新するにもさらにコストがかさむという課題意識がありました。一方、ビジネス側にとってはディーラーオペレーションの改善が難しい環境だったと言えます。(フィリピン市場における)サプライチェーンが(システム上で)分断されており、データを一気通貫で分析して顧客へのアプローチに生かすのが難しい点も早急に解決すべき課題でした」(沖野氏)

 そこでフィリピン日産とASEAN IS/ITチームはこうした状況を変革するためのプロジェクトを立ち上げた。プロジェクトの目的として掲げたのは「老朽化したシステムの更新」ではなく、システムの刷新による「ビジネス効果の創出」だ。具体的には、一貫したディーラーオペレーションの構築やサプライチェーン内の一貫したデータ分析が可能なデータストラクチャーの実現、現場オペレーションのモバイル対応などを通じて顧客やディーラーをOEMが効率的にサポートしていくことを目指し、従来システムの刷新に取りかかった。

Microsoft基盤の信頼性が決め手、パイロット導入でディーラーを巻き込む

 これらの目的を達成するためにフィリピン日産は、テクノソフトオートモーティブが提供する自動車業界向けソリューション「Technosoft Automotive Solutions」(TAS)シリーズを採用した。TASはMicrosoftのビジネスアプリケーションスイート「Microsoft Dynamics 365」とローコード開発プラットフォーム「Power Platform」を基盤に開発され、幅広い機能群をラインアップしている。今回導入されたTASシリーズ製品は、販売・在庫管理や会計を網羅した自動車業界販社向けERPの「TAS NSC Systems」、DMSの「TAS DMS」、CRM/デジタルマーケティングの「TAS Marketing」の三つ。58社のディーラーがTAS DMSを利用し、OEM側の販売・在庫管理システムとERPの会計モジュールはTAS NSC Systemsに置き換え、TAS Marketingによりデータドリブンな顧客アプローチを実現するという構図だ。

 沖野氏はTASの選定理由について、「バックエンドがMicrosoft製品ということで信頼性が高いですし、拡張性もかなり高い。モバイルデバイス対応も十分な水準で実現されていました」と説明。TAS NSC Systems、TAS DMS、TAS Marketingがシームレスに連携するため、機能のカバレッジとしても、OEM側のビジネスプロセスからディーラーのオペレーション、顧客(車両オーナー)の情報までをエンドツーエンドで一貫して管理できる点を評価した。

 導入は、TAS DMS、TAS Marketing、TAS NSC Systemsの順で段階的に進められた。先陣を切ったDMSの導入は、パイロットディーラーで課題を抽出し、その課題を解決した後にロールアウトしていくという形で慎重に進めた。メインのオペレーターであるディーラーを積極的に巻き込み、ディーラーオペレーションのTO-BEの啓発やトレーニングに十分な時間を確保することでスムーズな導入・運用につなげたという。

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TASの導入イメージ

 また、遅延が発生したためPMを変更してプロジェクトマネジメントを強化した場面もあったが、「テクノソフトオートモーティブの開発責任者がフィリピンにオンサイトで数カ月常駐してくれ、かなり(開発・実装の)スピードは上がりました」と沖野氏は話す。

「やりたかったこと以上」の成果、AI活用やS&OPの基盤が完成

 フィリピン日産におけるTASの導入は一旦完了し、当初の目的は達成したという。顧客とのタッチポイントからディーラーオペレーション、OEM側のビジネスプロセスまで含めてシームレスにデータがつながるプラットフォームを整備したことで、パーソナライズされたタイムリーな提案が可能になるなどの高度な顧客体験や、各種業務の効率化、ガバナンスの強化が実現できると見込む。沖野氏は次のように手応えを語る。

「当初やりたかったこと以上のことが今後できるんじゃないかと考えています。エンドツーエンドでデータが揃って一つの『箱』に入っている状態になりましたので、あらゆる業務でAI活用がどんどんできるようになります。さらに、DMSとERPの情報を横断的かつ多面的に分析することで、需要予測をして販売計画を立て、在庫を見ながら発注する、生産計画にもつなげるということが可能になり、S&OP(Sales and Operations Planning:サプライチェーン全体の最適化と迅速な経営意思決定を目指す手法)を実施する基盤としても、我々の今後のビジネスにとって非常に重要です」

 また、TASを他のASEANリージョンに横展開することも視野に入れる。沖野氏は「Microsoft製品がベースなので多言語対応は既にできていますし、さらにローカライズしていく際も、『Power Apps』などいろいろなMicrosoft製品を組み合わせながら必要な機能を追加できます」として、TASの柔軟性を改めて高く評価しているという。

成否を分けた経営層のコンセンサス、「言語」も体制づくりでは重要

 沖野氏は今回のプロジェクトを「成功」と位置付け、成否を分けたポイントについてもいくつか指摘している。まずは前述のとおり、老朽化システムの単なる更新ではなく、「ビジネス効果を創出する」という明確な目的を掲げ、TASの導入をビジネス戦略の一環と位置付けたことが重要だったという。

「DMS、ERPなどへの投資を個別に承認してもらう形では、途中で投資が止まってしまう可能性があります。エンドツーエンドでデータを揃えるための製品群を導入するという全体アーキテクチャの狙いを経営層に理解してもらう必要がありましたので、IS/ITとビジネス部門が連携し、システム導入によるビジネス上の効果の算出を、ROIの計算も含めてしっかりやりました。結果として、TAS導入はビジネス戦略に対する投資であるというコンセンサスができ、システム全体への投資が保証され、最後までやり切ることができました」

 58社のディーラーという社外の多くのステークホルダーを巻き込む必要があるプロジェクトだったが、こうしたコンセンサスがプロジェクトオーナーの強いリーダーシップにつながり、プロジェクトの推進力を高めた側面もあるという。

 さらに沖野氏は、目的を達成するには優れたソリューションと優れたパートナーの両方が不可欠だとも話す。

「製品選定が正しくてもパートナー選びがダメならうまくいきませんし、逆もまたしかりです。今回のプロジェクトでは、正しい製品を採用し、自動車販売のビジネスにも深い知見があるテクノソフトオートモーティブと良好なパートナーシップを築くことができました」

 また、プロジェクトの体制づくりにおいては「言語もかなり大事」(沖野氏)だという。

「グローバルのパートナーを選ぶと英語が主言語になりますが、自社側のプロジェクトメンバーが英語が苦手となると、どうしてもブリッジSE頼みになってしまいます。そうすると、コミュニケーションがそこで寸断されることが多々あります。今回、フィリピンのメンバーは全員英語ができたので、テクノソフトオートモーティブを含めてワンチームでプロジェクトを進められた実感があります」

 こうした成功体験を生かし、日産グループ内のベストプラクティスとなることを目指してTASを基盤としたデータ活用を強力に推進していきたい考えだ。