レシピ動画「クラシル」から始まり、ライフスタイル領域へと事業を拡大してきたdely。同社は2024年12月、過去の検討や延期を含めると実質"4度目の挑戦"で、東証グロース市場への上場を果たした。複数回の延期を乗り越える過程で見えたIPO準備の本質とは何か。重要ながらも見落とされがちな「契約書管理」のDXに取り組んだ過程を追った。
delyは慶應義塾大学に在学していた堀江裕介氏らにより、2014年4月に設立された。当初は東京都内でフードデリバリー事業を展開していたが、1年程で撤退。その後、16年2月に始めたのがレシピ動画サービスの「クラシル」だ。
delyは18年7月にヤフー(現 LINEヤフー)と資本提携した。同社は提携後も独立した経営を維持し、独自の成長戦略を進めている。19年3月には女性向けライフスタイルメディア「TRILL」を運営するTRILLを連結子会社化。翌20年4月には吸収合併する。レシピ領域からより広範なライフスタイルコンテンツへ事業を拡大したかたちだ。
23年2月にはライバーマネジメント事務所「LIVEwith」を運営するENLOOPも子会社化し、クリエイター/インフルエンサーマネジメント事業へも参入した。ビジネス領域を徐々に広げ、24年12月には東京証券取引所グロース市場へ上場した。
主力サービスのクラシルは、アプリケーションのダウンロード数が4300万を超え、管理栄養士が監修した5万件の公式レシピを中心に、料理に関係する知識をまとめた記事や一般ユーザーの投稿レシピなど、幅広いコンテンツを提供している。
多くの利用者がいるクラシルのビジネスだけでも上場は可能だったかもしれないが、一つのサービスに依存していては、上場後に成長率が鈍る懸念もあった。「他のサービスにもビジネスがどんどん広がっているのが現状です」と話すのは、dely 経営管理本部 GM コーポレートガバナンス部 マネージャー 執行役員の石原遥平氏だ。
delyには過去、株式市場への上場チャンスが3回あった。「実はゼロ回目とも言える上場検討のタイミングが18年頃のコロナ前にありました。ただ、上場の準備的な段階までしか到達しておらず、ガバナンスの体制も準備不足と判断し、上場を延期することになりました」と石原氏。
その後、本格的に上場を目指した最初のタイミングが21年だ。この時は、新型コロナウィルスの感染拡大を受けた緊急事態宣言などもあり、市況が不安定だったため上場を保留。次のタイミングは23年だったが、「この時は広告市況がかなり悪く、クラシルやTRILLなどのメディア系ビジネスには不利との判断がありました」と説明する。二度の延期を経て、入念に準備し市場環境も整った24年12月に、delyは上場を果たすこととなる。
上場に向けた具体的な準備としては、取締役会や監査役会を設置し意思決定のプロセスを明確化するなどの経営管理体制の整備、会社全体での内部統制の整備・運用、上場企業会計基準に準拠する経理体制の整備、さらには人事・労務管理体制や情報開示体制の整備が必要になる。
法務、コンプライアンス体制の整備も求められ、契約書管理や知財管理などの体制も必要だ。業界により、業務を進める上でどのような契約を結ぶかは大きく異なる。さまざまな契約があり、「反社条項がきちんと全ての基本契約に入っているか、そもそも契約前の与信チェックのフローが回っているかなど、大きなコーポレートガバナンス体制整備のくくりの中に、契約書管理が入ってきます」と石原氏は説明する。
初めて上場準備をするような場合には、経営管理体制や経理体制にリソースをとられ、契約管理の整備が十分に追いつかないことも珍しくない。例えば、「確認したいことがあるので関連する契約書を出してください」という要望があっても、紙の契約書をExcelなどで台帳をつくって管理していると、該当のものをすぐに全て見つけ出すのは難しい。契約書に精通した担当者がいれば職人技で探してくれるかもしれないが、担当者が代われば相当な手間と時間がかかる作業になってしまう。
delyも以前は紙の契約書が多く、それをExcelの台帳で管理する体制だった。台帳への情報登録は手入力のため工数がかかり、それを削減したいと考えていた。delyの事業だけであれば契約書の数もそれほど多くなかったが、買収や提携でビジネスの幅が広がる中で、扱う契約書は大幅に増えた。同社はこうした状況を踏まえ、人的リソースを増やして従来のやり方で契約書を管理し続けるより、デジタル化し効率化したほうが、ガバナンスの確保、コストの面でもメリットがあると判断。上場準備を進めていた22年頃に、新たな契約書管理ツールの導入を検討し始めた。
検討の結果採用したのは、Sansanが提供する「Contract One」だった。AI OCRで紙の契約書のデータをほぼ自動でデジタル化できることを評価。また、AI OCRの精度が高いだけでなく、オペレーターによるチェックが入るため、データの正確性をより高水準で担保できると見込んだことも大きなポイントだった。
22年からContract Oneを導入したこともあり、24年の上場段階では、契約書管理の体制は十分なものだった。delyが最初に上場を考え始めてから既に5年ほどの時間が経過し、担当者の入れ替わりなども発生していたが、Contract Oneで属人化を排した体制が実現していたため、それも問題にはならず、必要な契約書を迅速に洗い出し、提供できる体制となっていた。Contract Oneの台帳機能では、その契約書が現在有効なのか、あるいは既に効力の切れた過去の契約なのかも一目で分かる。関係する契約書の洗い出しも「人手をほとんど介さずにでき、コスト的にも人を雇うよりも効率がいい」と石原氏は言う。
上場後の企業運営におけるコーポレートガバナンスの確保でも、Contract Oneが貢献している。「契約書の管理で重要なのは、契約期間の管理です」と石原氏。紙の契約書を交わすケースはまだ残っており、さまざまなツール経由で多様な電子契約も取り交わしている。「更新時期の情報などがツールごとに入れ乱れ、それをきちんとチェックせずにいると、機能が重複している別のサービスを無駄に契約してしまうこともあります。予実数字の精度を上げるためにも、契約書の期間や更新時期の管理をしっかりと行う必要があります」という。その点Contract Oneは、多様な契約書を集約して一元的に管理できる。契約の内容もすぐに確認でき、契約書をエビデンスにして会話できることで、監査法人とのやりとりも円滑に進められる。
株式市場への上場は、企業にとって大きなインパクトがある出来事だ。しかし、企業運営は上場してからが改めてのスタートとなる。「上場すれば開示などさまざまな義務が新たに発生し、ステークホルダーも一気に増えます。上場すると会社が社会の公器になると言われますが、その会社が社会の公器たる資格があるかをしっかりと見せていくことが重要なポイントです」と石原氏は言う。公器たる資格があるかを示すためにも、契約書管理などを滞りなく実施し、開示義務などにもタイムリーに応えられなければならない。
delyはメディアプラットフォーム「note」で上場までの一連の取り組みを世の中に伝える活動も始めている。石原氏は、「書いておかないと忘れてしまうので、会社の歴史を残すためにも大事なことだと思っています」と言う。
公認会計士や監査法人などが上場のためにどのようなことに取り組めばいいかの情報は、既に世の中に多く流通しており、上場に関連する教科書的な書籍などもある。しかし、企業の現場が実際にどんなツールを使い、どのような時間軸で上場までの作業を行ったのかという生の情報は、なかなか表に出ない。人手でやらなくていいことをデジタル技術などを用いて効率化し、コストを削減できれば、企業の利益向上や社会貢献につながることを広く周知したい考えだ。
また、新しいテクノロジー、今ならAIなども駆使することで、ステークホルダーから求められるさまざまな要求にタイムリーに応えられる体制を作るのも上場企業の義務といえる。上場に関わる作業をする人、また上場後に公器としての企業運営を支えるための作業をする人も、どちらかといえば組織の中では裏方だ。裏方がしっかりと仕事をしてくれるからこそ、営業やマーケティングなどの表側で仕事をする人たちが活躍できる。「企業のオペレーションを回す人たちに、キャリアパスも含めもう少し仕事の未来を示せるといいのかなと思っています」と石原氏は強調する。
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