西部ガスグループの成長を支えるプロジェクト管理改革 10倍以上の件数を同時進行可能に

2025年6月15日16:40|インサイト本多 和幸
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 社会インフラの領域でも、競争環境の変化は加速している。事業の多角化を進め、エネルギー事業以外でも新たなサービスを積極的に展開している西部ガスグループは、プロジェクト管理・タスク管理ツールの導入によりプロジェクト管理の効率性を大幅に向上させた。このプロジェクト管理体制が、新たな施策をタイムリーに打ち出す基盤となっている。ツールをチームに根付かせ、成果を出すための秘訣は何なのか。新サービスの企画や販促キャンペーンを主導する西部ガスホールディングス デジタルマーケティング部マーケティングDXグループの松元亮氏、友池真祐子氏に聞いた。

SAIBU LANDなど新たなサービスで成長を図る

 福岡市に本拠を置く西部ガスグループは、事業の多角化を積極的に推進している。中核事業会社である西部ガスは老舗の都市ガス事業者だが、17年にガスの小売りが全面自由化されるなど、エネルギー事業の競争は激しさを増しており、人口減少や少子高齢化といった社会課題も向かい風になっている。新たな収益の柱を創出して成長を図る方針で、2021年には会社分割などを経て純粋持株会社体制による新生・西部ガスグループを発足させるなど、組織の最適化も進めている。

 新たな取り組みの具体例の一つが、ガスや電気の契約を西部ガスと結んでいない人を含めて誰でも利用できる無料の会員サービス「SAIBU LAND」だ。西部ガスのサービスやSAIBU LAND内のコンテンツを利用することで、Amazonギフトカードなどに交換可能なマイルを受け取ることができる。煩雑な登録作業もなく、LINEから簡単に入会できるのも特徴だ。今年2月にはSAIBU LAND会員向けの光回線サービス「SAIBU NET 光」も開始している。また、24年には福岡市内で使用できるデジタル商品券を返礼品とするふるさと納税サービス「福岡よかとこコイン」もローンチ。エネルギー事業の商圏外にも顧客対象を広げたサービスを矢継ぎ早に提供している。

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ガスや電気の契約を西部ガスと結んでいない人も利用できる無料の会員サービス「SAIBU LAND」

「同時進行できるプロジェクトは2件が限界」から25件へ

 こうした新サービスの企画や販促キャンペーンの司令塔を担っているのが、西部ガスホールディングスのデジタルマーケティング部マーケティングDXグループだ(25年3月までは西部ガスの営業本部傘下の組織だったが同年4月にグループ全体のマーケティング機能を持株会社に集約した)。スピード感が求められる業務であり、関係会社や社外のパートナー企業と連携しながら進める施策も多い。もともとは営業企画やプロモーション業務を担当していた松元亮氏と友池真祐子氏の2人が、本来の業務と並行して始めた取り組みだったという。そのため、プロジェクト管理の効率化は大きな課題だった。松元氏は次のように説明する。

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マーケティングDXグループの松元亮氏(提供:ヌーラボ)

「従来、プロジェクトに携わる社内外の関係者とのコミュニケーションや情報共有には、Excelやメール、社内チャット、電話を使っていました。誰がどんなタスクを担当していて、いつまでに何をやることになっているのか、実際にどこまで進捗しているのかといった情報の交通整理に苦労しており、同時進行できるプロジェクトは二つが限界でした」

 この課題の解決策として導入したのが、ヌーラボのプロジェクト管理・タスク管理ツール「Backlog」だ。2018年頃、福岡市のクラウドインテグレーターであるFusicと協業したプロジェクトで同社から招待されてBacklogを使ったのがきっかけだったという。松元氏は「衝撃を受けて、すぐに導入を決めました」と振り返る。タスクごとの進捗が分かりやすく可視化され、社内外を問わずプロジェクトのメンバーとの一元的なコラボレーション基盤として活用できることや、直感的に使えるUIを備えている点などを評価し、すぐに採用した。

 社内ではBacklogの価値が理解され、順調に浸透した。同グループが主導するプロジェクトに関わる他部署のメンバーや社外のパートナー企業にもBacklogは好評で、すんなりと受け入れられた。ここでBacklogに触れた他部署のメンバーがエバンジェリストとなり、社内での活用が拡大していった側面もあるという。その結果、今年3月までマーケティングDXグループが属していた西部ガス営業本部では、Backlogのアクティブユーザーは350を超えている。さらに、社内での口コミ効果により、西部ホールディングスのコーポレート系の部署でも活用が進んでいるという。

 導入効果も圧倒的だ。現在、マーケティングDXグループが司令塔として同時に手がけるプロジェクト数は、繁忙期で25件に上る。Backlog導入前と比べると10倍以上の件数のプロジェクトを同時に進められるようになった。チームメンバーが6人(取材時)に増えていることを考慮しても、大幅な生産性の向上を実現していると言えよう。松元氏とともにBacklogの活用を推進してきた友池氏は「今では完全にBacklogをプラットフォームとして仕事をしているので、新しい取引先にもBacklogは必ず使っていただくようにしています」と話す。

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マーケティングDXグループの友池真祐子氏(提供:ヌーラボ)

バックログスイーパーが定着に貢献、組織文化も変わった

 ITソリューションは導入しただけで自動的に業務改善や業務効率化などを実現できるわけではない。それはBacklogも同様だが、西部ガスがこうした目に見える大きな成果を得られた要因は何なのだろうか。

 プロジェクト管理のプラットフォームをBacklogに一元化するというルールを徹底したのは大きなポイントだ。プロジェクトを構成するタスクの割り振りと進捗の管理、必要なデータやファイルの共有、プロジェクトに関連するコミュニケーションをBacklogに集約してこそ情報の可視化と検索性の向上が実現できる。どのタスクに誰が責任を持っていて、「誰がボールを持っているのか」を明確にしたことで、プロジェクトの参加メンバーに当事者意識を醸成できたという。

「私たちが定めたルールは、課題(Backlogではタスクを「課題」として起票する)を受け取ったら作業しましょう、自分の課題を終えたら次の担当者に回しましょう、課題は自由に作っていいです、というもので、基本的にはこれだけです。ハードルは低くしていますが、このルールを徹底して、プロジェクトの参加者全員に行動を変えてもらうことがBacklogを使う上で一番重要なことだと思っています。メールや電話で社内外のプロジェクト関係者とやり取りしていた時は、会社や部署単位でボールが回っていることが多かったんですが、Backlogを導入したことにより個人単位でボールが回ってくるようになりました。一歩引いていた人も積極的、能動的にプロジェクトに参加してくれるようになった実感があります」(友池氏)

 こうしたプロジェクト管理の手法をプロジェクトメンバーに定着させるまでには、友池氏の「バックログスイーパー」としての貢献があった。バックログスイーパーとは、ヌーラボが提唱する概念で、Backlogを使ったプロジェクト管理で、組織のタスクを常に整理し、未処理の作業などを解消してプロジェクトの進捗を促す役割を指す。友池氏は「放置されていたり、次の担当者に渡されていなかったりする課題を見つけたら、すぐに声をかけるようにしています。複数プロジェクトの進捗状況を把握しやすくなったからこそできるようになったやり方なので、Backlogのメリットを実感しました」と振り返る。

 Backlog活用の経験を重ね、友池氏がバックログスイーパーとしてカバーできるプロジェクトの数が増えていることに加え、マーケティングDXグループの他のメンバーも同様の役割を果たすことができるようになってきた。それが最大25件ものプロジェクトを同時進行できるプロジェクト管理体制の土台となっている。

 マーケティングDXグループがリードするプロジェクトでは、社外パートナーとの機密性の高い情報のやり取りなどを除き、プロジェクトに関するあらゆる情報をBacklog上でオープンにしている。現在では、同グループの担当者がハブにならなくても、関連部署のメンバーやパートナー企業がBacklog上で直接対話してプロジェクトを前に進めたり、新たな提案をしたりといった場面も見られるようになっており、組織の文化が変わったという。松元氏は「フラットでオープンなプラットフォームでプロジェクトを管理するようになったことで生まれたチームワークだと思っています。社内外を問わず、メンバーが自律的にプロジェクトを動かし、かつその情報は全員に共有、可視化されるので、方向性がずれたら軌道修正も容易です。こういう仕組みがなければ、これだけスピード感を持って新しいことにチャレンジできなかったと思います」と手応えを語る。

 今後はマーケティングへのAI活用なども進めていく方針で、専門的な知見を持つ外部パートナーとの協業が前提となる。そうした新たな「チーム」を機能させるプラットフォームとしてもBacklogを活用していく。「経験上、新しいプロジェクトを立ち上げる時は最初のキックオフは対面で実施する方がいいと思います。『あなた方と一緒にこのプロジェクトをやりたい』という熱意をしっかりとメンバーに伝えた上でBacklogに参加してもらうと、本当にスムーズに進みます」(松元氏)