人口減少や少子高齢化といった課題に直面する中、兵庫県豊岡市は「第5次行財政改革」を掲げ、デジタル技術を活用した変革に取り組んでいる。同市のDX戦略では「コスト削減」重視から、市民の暮らしを豊かにする「価値創造」へと舵を切っている。象徴的な事例の一つが、オンライン予約とスマートロックを連携させた「公共施設管理」の刷新だ。アナログ的な鍵の受け渡しや現金決済をなくし、市民の利便性と職員の業務効率を同時に高めたこのプロジェクトは、いかに実現したのか。豊岡市DX・行財政改革推進課の出水翔太氏に、施設予約システム導入の経緯から、組織風土を変える「人」中心の改革まで、同市が挑む自治体DXについて聞いた。
豊岡市は2005年に1市5町(豊岡市、城崎町、竹野町、日高町、出石町、但東町)の合併で誕生した、兵庫県内で最大面積を持つ自治体だ。令和2年国勢調査で人口は約7万7000人だったが、そこから約5000人の減少が見込まれており、高齢化率は34.3%に達している。人口減少と少子高齢化を踏まえ、同市は2024年度から2028年度を対象とする「第5次行財政改革大綱」を策定した。
これまでの行財政改革が「行政コストの削減」に主眼を置いていたのに対し、第5次大綱では「行政コスト削減」に加え「公共サービスの向上」を明確に打ち出した。目指す姿として「豊岡で暮らしてよかったとみんなが実感できるまち」を掲げ、限られた資本と多様性を生かしながら、質の高い、持続可能な公共サービスの提供を目指している。
第5次行財政改革には五つの柱がある。その中には「デジタル社会を前提とした市役所になっている」「全ての職員にとって働きがいのある市役所になっている」といった、DXや働き方改革に直結するテーマが含まれる。
豊岡市では、2021年のDX・行財政改革推進課の発足以降、現場の課題を解決するためにさまざまなツールの導入を進めてきた。
その事例の一つが、除雪業務のデジタル化だ。日本海側に位置する豊岡市は豪雪地帯であり、最大190台の除雪車が出動し、78社の業者が稼働する。従来、業者からの出動・終了報告はFAXや電話で行われていた。集められた情報は、職員が手作業で集計。そのため、市民からの「除雪車は今どこにいるのか」との問い合わせにも即答できなかった。そこで2021年、サイボウズの「kintone」を導入。業者がスマートフォンアプリから直接報告を行い、情報を一元管理してリアルタイムで除雪状況を把握することが可能となった。
また、紙業務の効率化として「AI-OCR」と「RPA(Robotic Process Automation)」の活用も進んでいる。たとえば、年間約800件発生する介護保険負担限度額認定申請では、AI-OCRで申請書をデータ化し、RPAで基幹システムへ自動入力する業務フローを構築している。さらにオンライン申請システムを導入し、申請データのダウンロードから決定通知の送付、支払いデータの作成までを自動化している。これにより、従来の手作業と比較して業務時間を80%削減したケースもある。同市はデジタル化をさらに推進し、2028年度末までに行政手続きのオンライン化率100%を目指している。
市役所業務の生産性向上や効率化だけでなく、豊岡市民の利便性向上に貢献するDX事例もある。豊岡市は、都市部と比較して民間施設が少ない。そのため市民が集い活動する場の「公共依存度」は、極めて高い。しかし、従来の運用は「平日の日中に役場窓口へ出向き、紙で利用を申請し、利用料金を現金で支払い鍵を借り受ける」というアナログ的なものだった。利便性の低さから、特に働く世代や若者世代の利用を阻害していた。
この課題を解決するために、豊岡市はスペースマーケットの施設予約システム「Spacepad」と、フォトシンスのスマートロック「Akerun入退室管理システム」を連携させたソリューションを導入した。導入施設は文化施設、体育施設、学校施設、コミュニティーセンターなど合計91施設に及び、うち60施設に「Akerun」を設置している。
プロポーザル方式で選定したこのシステムでSpacepadが評価されたポイントは、「UI(ユーザーインターフェース)の使いやすさでした」と出水氏は振り返る。Spacepadは、空き状況の確認、検索、予約、変更、キャンセルまでをオンラインで完結できるだけでなく、クレジットカードやコンビニ決済によるキャッシュレス決済に対応している点もメリットだった。
Spacepadでは、自治体特有のニーズに応えるための機能開発も進められている。たとえば、利用後の「利用報告機能」の実装により、利用人数の集計の作業負荷を軽減している。また、窓口で職員が受け付けた予約を利用者のマイページに反映させる機能など、管理者と利用者双方の利便性を高めるアップデートが行われている。このような柔軟な拡張性も、採用のポイントとなった。
予約システムと対になる重要な要素が、物理的な鍵の管理を不要にする「スマートロック」だ。豊岡市でのスマートロック導入で大きなハードルとなったのが、多種多様な「ドアの形状」と「屋外環境」への設置だった。公共施設には一般的なサムターン錠(つまみを回すタイプ)だけでなく、自動ドアや電気制御された扉も数多く存在する。他社製品ではこれら全てに対応しようとすると予算を超過してしまうという試算結果だったが、フォトシンス製品では後付け型の「Akerun Pro」と電気錠や自動ドアを制御する「Akerunコントローラー」を組み合わせることで、予算内で全ての施設ドアに対応できた。
また、体育館やコミュニティーセンターの入り口は屋外に面していることが多い。そのため、風雨や雪への対策が必須となる。フォトシンスは、屋外設置に対応した防水・防じん性能(IPX4相当以上)を持つリーダー端末を提供することで、この課題もクリアしている。
システム連携により、Spacepadで予約が確定すると、利用者には予約確定のメールが届く。メールには、施設名や利用時間、利用料金の案内とともに、利用時間のみ有効なAkerunのURL(デジタル鍵)が記載されている。施設の利用時には、URLをクリックすれば解錠できる。
高齢者などオンライン予約が難しい利用者の場合は、これまで通り窓口で紙による利用申請を受け付け、解錠権限を付与したICカードを貸し出し、利用後にICカードは返却してもらう。施設の管理者である市職員などは、Akerunアプリ、Akerun用のICカード、物理鍵で解錠できる。
デジタル鍵の利用者は窓口に鍵を借りに行く必要がなくなり、管理者は鍵の貸し出し業務から解放される。公共施設の「無人管理」あるいは「省人化運営」が可能となり、早朝や夜間など、職員が不在の時間帯に施設を稼働させることも容易となった。
システム導入から約10カ月が経過し、具体的な効果が見え始めている。出水氏は「従来、高齢者の利用が大半を占めていましたが、オンライン予約とスマートロックの導入で、これまで利用の少なかった若い世代や働く世代の利用が増加傾向にあります」と話す。これは、「使いたい時にすぐ予約でき、鍵の受け渡しが不要」という利便性が、新たな利用者層の掘り起こしにつながったことを示唆している。
一連のシステム導入にあたり、豊岡市では国の「デジタル田園都市国家構想交付金(デジタル実装タイプ)」を活用している。これで導入費と3年間の運用費の半額を賄っている。自治体などでは、業務の効率化や生産性向上など明確なメリットを示せないとなかなか予算を付けにくい現状がある。「既存業務に対する定量的なコストメリットを証明しにくい場合も、交付金の活用が大きな助けになります。財政的な制約がある自治体でDXを推進するためにも重要です」と出水氏は指摘する。
また、フォトシンス コーポレート営業部 部長の土田幸介氏は「物理的な鍵(金属の鍵)は4000年以上変わっていない仕組みです。これをデジタル化することで場所、時間、無駄とコストの制約から解放されます。豊岡市の事例は単なる業務効率化にとどまらず、鍵のデジタル化で施設の稼働率向上や、無人運営による新サービスの提供可能性を示す有効なモデルケースです」と説く。
豊岡市の改革は、システム導入だけにとどまらない。出水氏は、DX推進の根底にあるのは「X(トランスフォーメーション)」、つまりは働き方や組織文化の変革だと強調する。
その一環として豊岡市では、2023年度から「X-meeting(クロスミーティング)」という取り組みを開始した。これは、若手職員による部署横断のチームを組織して、庁内の課題解決に取り組むものだ。これまでに「ウェルビーイングなチーム環境づくり」や「会議改革」、「ナレッジ共有基盤(Toyooka Knowledge Bank)の構築」などのテーマで活動が進められている。縦割り行政の弊害を打破し、職員が自律的に改善に動く風土を醸成しているのだ。
さらに、外部の知見を取り入れる「地域活性化起業人」制度も積極的に活用している。日本郵便、KDDI、東京海上日動火災保険といった民間企業から社員を受け入れ、彼らが物流課題の解決やノーコードツールの活用、官民共創のコーディネートなどに従事している。特に日本郵便との連携では、ドローン配送の実証実験を経て、物流の最終拠点(配送センター等)から個々の宅先までの最終区間(ラストワンマイル)を地域に住む住民や地元企業が担う仕組みとなる、「コミュニティー配送」のモデル構築に取り組んでいる。
豊岡市の事例から見えてくるのは、人口減少という不可避な未来に対し、デジタル技術と組織変革の両輪で適応しようとする自治体の姿だ。SpacepadとAkerunによる公共施設のスマート化は、住民の利便性を高めると同時に、限られた人的リソースで公共インフラを維持・運営するための現実的な解だった。

出水氏は、「自分がいなくても回る仕組みをつくりたい」という。断片的にデジタル化を進めて個々の業務を自動化する取り組みは各自治体でも進んでいる。一方で豊岡市のDXの取り組みは、属人化を排し、テクノロジーで補完可能な部分は自動化しつつ、そこから生まれた余力を「人間にしかできない」市民との対話や創造的な業務に振り向けるのが基本的な方針だ。このアプローチは、地方自治体が直面する課題に対する有力な解決策の一つと言えそうだ。