サカタインクスが実践した取引データと証憑の統合 次世代自律型オペレーションへの一手

2026年3月25日17:00|インサイト谷川 耕一
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 グローバル展開を加速する老舗企業は、いかにして旧態依然とした本社業務から脱却したのか。自律的なデータ活用を可能にする強固な情報基盤は、どのように構築されたのか。2026年2月26日、都内で開催されたOpenText Summit Japan 2026で、サカタインクスがその実践的なアプローチを公開した。同社は基幹システムの刷新を機に、本社業務を標準化するとともに、取引データと証憑文書の一体管理を実現した。経営、プロジェクト推進、現場運用という三つの視点から、複雑な証憑管理をシンプルに再構築し、次世代の自律型オペレーションの土台を築き上げた軌跡を紹介する。

データと証憑の分断を解消し、グローバルガバナンスの要を築く

 1896年創業のサカタインクスは、「人々の暮らしを快適にする情報文化の創造」をパーパスに掲げ、印刷インキ事業や機能性材料事業を展開している。2025年12月期連結の売上高は2576億円で、連結従業員数は5323人。世界20カ国以上に拠点を持ち、製品を60カ国以上に輸出している。一方で、本社業務の非効率性がグローバルビジネスを展開する際の迅速な意思決定を阻害していた。

 各国の拠点ごとにシステムが異なるため、本社側で全体の情報を十分に把握できていなかった。また、約40年稼働してきた旧基幹システムは機能ごとに分断され、二重入力作業が常態化していた。さらに本社業務には紙を中心とした運用が根強く残り、納品書や請求書の受領、押印、回覧、保管から印刷や封入、発送に至るまで、手作業に依存していた。

 サカタインクス 情報システム部長の小川浩二氏は「紙を探すという作業そのものが本社の生産性を下げていました」と振り返る。しかし、真の課題は紙という物理的な媒体そのものではない。小川氏は「問題は紙かデジタルかではなく、業務と文書データが分断されたまま運用されている構造そのものです」と語る。

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サカタインクス 情報システム部長 小川浩二氏

 そこで同社は、単に紙をスキャンしてPDF化するのではなく、基幹システム上の伝票番号(データ)と、その根拠となる請求書(コンテンツ)がシステム上で直結している状態を目指すことにした。

 同社では基幹システムの取引データと、証憑となる文書コンテンツが完全に切り離されていたため、照合や確認作業はすべて手作業で行われていた。これが膨大な工数を生み、業務の属人化やミス発生のリスクを高め、さらには電子帳簿保存法や監査対応の負荷を重くしていた。

 このような課題が、新たなITツールの導入だけで解決できるとは考えなかったという。小川氏は「目的はシステムではなく、本社業務を標準化し、グローバルでも通用するガバナンスを確立することです」と強調する。システム刷新はあくまで、業務プロセスと文書管理を標準化し、取引データと証憑を一体で扱える基盤を整えるための手段として位置づけられた。

「標準」に業務を合わせる決断 現場の意識を変えたチェンジマネジメント

 この戦略を実現するため、同社は新たな基幹システムとして「SAP S/4HANA」を導入する際に「Fit to Standard」を徹底した。既存の業務に合わせてシステムをカスタマイズするのではなく、標準プロセスに自社の業務を合わせる手法だ。情報システム部の八木杏樹氏は、既存の業務プロセスに最適化するのではなく「基幹システムを中心に業務とデータを再設計することにしました」と語る。それにより将来にわたって使い続けられる拡張性を確保し、グローバル規模での一貫性とガバナンスの土台を構築することを目指した。

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サカタインクス 情報システム部 八木杏樹氏

 SAP S/4HANAと共に利用する証憑類の管理基盤としては、「OpenText Extended ECM」を選定した。SAP S/4HANAとのシームレスな連携に加え、きめ細かい権限管理や監査対応の機能を備えておりガバナンスを強化できることや、グローバルの各市場の法令などに対応していることを評価。導入にあたっては、情報の管理構造を抜本的に見直し、従来の部門別フォルダーから、購買や販売、会計といった業務プロセス単位のフォルダー構造へ変更した。八木氏は「SAPの業務オブジェクトを基準にメタデータを全社で統一しました」と説明する。これにより、どの部門の担当者でも迷わず必要な情報にアクセスする体系が整った。

 標準化を現場に定着させる過程では、徹底したチェンジマネジメントが求められた。標準プロセスへの移行は現場にとって大きな変化であり、当初は不安や反発の声も上がった。システム部門と業務部門は標準業務の理解とギャップの洗い出しを共同で行い、全てを追加開発にするのではなく、標準プロセスとして採用するか例外としてそれを認めるかの判断基準を明確にした。例外対応が必要なものは投資対効果を算出した上で、審議会を通じて経営層が承認する仕組みを構築し、個別判断を排除して組織の意思として定着させた。

 八木氏は「システムを入れることよりも使われ続けることが重要」と語る。稼働当初は操作に関する問い合わせが月に1000件を超え、対応に苦慮した時期もあった。しかし、問い合わせ管理ツールで状況を可視化し、ショート動画やマニュアルを作成してナレッジを蓄積した結果、現在では問い合わせ数が月に100件弱まで減少している。八木氏の「標準化は現場を縛るためではなく、現場が迷わず回り続けるための土台」という言葉が、プロジェクトの苦労と成果を物語っている。

証憑へ即座にアクセス 電子化率99%が支える自律型運用

 新たな業務基盤の導入により、SAP S/4HANAの画面から直接、取引データと関連する証憑を一体で確認する運用へと移行した。情報システム部スペシャリストの岡田純子氏は「複数システムを行き来したり、紙の山から探し出したりするような作業は、完全に不要になりました」と語る。伝票起票と同時に文書が自動で紐付き、一連の業務プロセスの中で自然に連動する仕組みが完成したのだ。

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サカタインクス 情報システム部スペシャリスト 岡田純子氏

 特に効果を上げたのが、自社発行の納品書と請求書の電子化だ。紙での送付をやめ、得意先がWeb上で閲覧する方式へと切り替えた。毎月発生していた大量の印刷、封入、発送作業が不要となり、担当者の作業負担が減少した。現在では、電子化率が納品書99%、請求書70%に達している。物理的な紙の制約から解放されたことで、岡田氏は「在宅勤務でも必要な証憑にアクセスできて助かる」といった、現場の好意的な声を紹介した。

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データと文書を統合して取引と証憑を一体で参照可能

 さらに、コンプライアンスの面でも成果があった。スキャン文書や電子データに改ざん防止の仕組みが適用され、真実性と検索性を満たす形での管理を実現した。証憑の保存ルールが統一されたことで運用方法が一本化され、権限に応じた適切なアクセス制御が実装された。経理、営業、監査、物流など、どの部門の担当者でも同じ場所から同じ文書に迷わずアクセスする組織へと変化し、監査対応も標準化された。

 岡田氏は、この統合基盤が今後のAI活用の土台になると主張する。取引データと文書が分断され、整理されていない状態では、AIは適切に機能しない。AIが高度な判断を下すには、単なるテキスト解析だけでなく、その文書が「いつ」「どの取引で」「誰によって」作成されたものかというコンテキスト(文脈)が必要だからだ。

「整理された文書がそろってこそ、AIは内容を正しく理解し、高い精度で答えられるようになります」と岡田氏は述べ、取引データと証憑が統合された状態こそが、OpenTextのコンテンツ管理プラットフォームに統合された生成AIアシスタント「Content Aviator」などの、AIツールを効果的に機能させ、自律型オペレーションを実現する前提条件であると指摘した。Content Aviatorは、膨大な文書群を対象に会話型で検索したり、要約・翻訳したりできる生成AIアシスタントだ。

 サカタインクスの事例は、目先の業務効率化を実現する手段であると同時に、来たるべきAI時代を見据えた戦略的投資となっている。インキや印刷業界のように製品数や取引先が多く、取り扱い文書やレシピデータが膨大な領域において、文書が散在しているとAIは機能しない。情報が一元化されていれば、過去の取引情報や製品データをAIが横断解析し、最適提案の自動生成や異常値の早期検知といったデータドリブン経営の実現が可能となる。