データ人材ゼロから3カ月で基盤構築 星野リゾートの「基盤×人材」変革

2026年4月8日09:00|インサイト末岡 洋子
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 星野リゾートは、1990年代からデータに基づく経営判断を重視してきた。しかし顧客満足度調査以外の領域ではExcel依存が続き、重要指標のタイムリーな可視化は長年の課題だった。データ人材はゼロ、分析基盤も不安定。そこから同社はいかにしてデータドリブン組織への転換を果たしたのか。primeNumberのイベントで同社の情報システムグループ グループディレクター 久本英司氏、同グループ ITサービスマネジメントユニット 木村いずみ氏、同グループ テクノロジー研究開発ユニット 岡田敦氏の3人が、3カ月で実施した基盤構築と、社内のデータ人材育成という両輪の取り組みを説明した。

「業務アプリケーションはパッケージ」が当たり前を疑う

 国内75施設、約8000人の従業員を擁する星野リゾートは、「世界に通用するホテル運営会社へ」とのビジョンを掲げている。その条件として同社が掲げているのが、「卓越した市場戦略とブランド戦略を実践できること」「高い運営生産性を達成する仕組みを持っていること」の二つだ。この二つを実現するために、ブランディング、フラットな組織文化、運営特化&REIT(不動産投資信託)、独自の魅力づくり、サービスチームという五つの戦略を組み合わせ、競合が真似しにくい独自のポジションを築いてきた。

 たとえば、通常のホテルでは朝食準備、チェックアウト、客室清掃といった業務がセクションごとに分業されているが、星野リゾートのサービスチームの取り組みでは一人のスタッフがシフトの中でこれらをマルチタスクでこなす。情報システムグループ グループディレクターの久本英司氏は、その狙いについてこう語る。「顧客に近い現場のスタッフによるイノベーションを通じて、新しいホテルの運営方法を創造しています。これにより、次の時代への持続性を確保できると考えています」。たとえば、データの活用により現場の判断精度を上げ、スタッフが作業ではなく「顧客への提案」に集中できる時間を創出するのだ。

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情報システムグループ グループディレクター 久本英司氏

 スタッフのスキルの幅が広がり、顧客接点が増えることで気づきが生まれる。それが新しい提案につながる。変化前提のフラットな組織の中で、現場スタッフ自らが経営判断を行い、顧客体験を構想・実行していくことを狙った仕組みだ。

 この考えを実現するために同社が積み上げてきたのが、IT基盤の段階的な進化だ。同社ではまず「業務アプリはパッケージを導入するのが当たり前」という前提を疑うことから始めた。2015年からは、社員自身がアプリケーションを作れる「市民開発」を全社に展開している。その延長線上には、現在進行中の基幹システムの内製開発「HOP4(Hoshino Resort Operation Platform 4)」がある。

 もう一つの軸が、「全社IT人材化」構想だ。「Tableau」によるデータ分析、「Gemini」による生成AI活用、「kintone」によるノーコード開発で、社員が自らデータを活用し変革の担い手となる組織づくりを目指している。

分析領域の課題、重要指標がExcelに眠り続けた20年

 星野リゾートは、1990年代からデータに基づく経営判断を重視してきた。CS(顧客満足度)と経常利益をKPIに据え、社員が自ら改善を進める仕組みを整えてきた。しかし、CS以外の分析領域では、Excelに頼る状況が続いていたと久本氏は振り返る。

 ブッキングカーブ(宿泊日数カ月前からの予約推移)、ADR(平均客室単価)、RevPAR(販売可能客室あたり収益)といった宿泊業にとって不可欠な指標は、基幹システムから抽出できる。しかし、これらのデータを抽出した後の集計・加工は、各部門が手作業で行っていた。BIツールのTableauは導入していたが、基幹システムからMySQLを経由してTableauで直結する構成となり、安定性も精度も十分でなかった。実際、データ抽出に1時間以上かかったり、MySQLが停止したりするケースも発生していた。

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従来のデータ活用の取り組み

「データの活用も可視化も、高いモチベーションとスペシャルなスキルが必要だと感じていました。ずっと一人でやってきましたが、なかなか上手く動かなかったというのが実際のところです」と久本氏は課題を語る。

 そんな状況を変える転機となったのが、2024年6月に木村いずみ氏が入社したことだった。

DATA Saberで社内に火をつける

 データアナリストとして星野リゾートに入社した木村氏は、環境の未整備と人材の不足に直面した。既存のダッシュボードは重くて実用に耐えず、データエンジニアがいないため新しいデータの活用までに時間がかかるなど、さまざまな課題があった。

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情報システムグループ ITサービスマネジメントユニット 木村いずみ氏

 そこで木村氏はまず、人材不足への対策として仲間づくりに取り組んだ。当初の目論見は、活用が進んでいるマーケティング部門でTableauを活用できる人を増やすことだった。しかしこの提案は現場に受け入れられず、なかなか進まなかった。そこで別のアプローチとして、Tableauのコミュニティが運営する認定制度「DATA Saber」(90日間の期限内に、計200時間相当の技術課題とコミュニティ活動を完遂するプログラム)を社内で展開しようと試みた。これは現場にとっても負担の大きい取り組みではあったが、「大胆に動いてみないと何も変わらないし、スピード感も出ません」と、木村氏はこれを推進した当時を振り返る。

 最初のDATA Saberの展開で、3名が認定を取得した(1期生)。この結果は、木村氏の予想を超えるものだった。以降は、DATA Saberに挑戦した社員が社内勉強会を開くなどの動きも起こり、データや分析に関する相談が自然と木村氏のところに集まるようになった。最終的に、DATA Saber 1期生の一人で内製開発チームのエンジニアだった岡田 敦氏が、データエンジニアへの転身を申し出たことで、人材不足解消へのめどが立ったのだ。

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情報システムグループ テクノロジー研究開発ユニット 岡田 敦氏

 データエンジニアへ転身した岡田氏は、かねてから問題意識を持っていた。内製開発プロジェクトで経営企画部門と連携する中で、「とにかく社内のデータはカオス」と感じていたのだ。「データを集めてくるだけでも大変なのに、部門ごとに見ているデータがバラバラで数字が合わない。そういう状況に日々絶望していました」と述べる。

 そんな岡田氏の意識を変えたのが、DATA Saberへの参加だった。「90日間のプログラムを通じて、データ活用の深みや、なぜやらなければいけないのかを徹底的に叩き込まれました。それにより、自分が社内データの整備をしていかなければならないという使命感が芽生えたのです」と語る。その後、岡田氏は木村氏とともに久本氏に直談判して、情報システムグループ史上初となるユニット横断の「分析チーム」が発足した。「同じ場所を同じ熱量で目指す仲間が増えたところで、一人推進者から卒業できました」と、木村氏は述べる。

自走化へのこだわり、パートナーと作る「3カ月の基盤」と内製の土台

 データ分析基盤の課題解決策を模索していた2024年11月に、木村氏らはprimeNumberのイベントに参加した。「エンジニアリング系のセッションが多いことから、早急に分析基盤を構築したい我々に合っているのでは」と木村氏は直感的に感じた。その場でブースに行って話を聞き、最終的に分析基盤構築プロジェクトを依頼するに至る。そこからプロジェクトがスタートしたのは、イベント参加から3カ月後の2025年2月というスピード展開だった。

 primeNumberへの依頼はステップに分けて進められた。ステップ1では、データ分析基盤の初期構築を実施。この時は「とにかくスピーディーに、それがキーワードでした」と岡田氏は述べる。特に課題だった予約データのパフォーマンス解消のために、新たなデータ基盤を構築した。

 データ基盤の構成は、primeNumberのETLツール「TROCCO」でデータを抽出し、データウェアハウスに「Google BigQuery」を利用するものだった。さらに「dbt Cloud」で4層に分けてデータを変換・加工し、最終的にTableauで可視化する仕組みとなった。dbt Cloudは、クラウドデータウェアハウス上のデータ変換処理をSQLベースで開発・実行・自動化できる、dbt(Core)をフルマネージドで提供するSaaS型データ変換プラットフォームだ。

 ここまでの構築を3カ月で完了し、分析基盤は2025年5月にリリースされた。TROCCOやBigQueryなどのフルマネージドサービスを組み合わせ、その上でゴールを明確に定めて「まずはこれを作りましょう」と互いに意識を合わせ改善は後から手を入れるとの共通認識のもと進めたことが、短期間での構築を可能にしたのだ。

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新たに構築したデータ基盤の構成

 ステップ2では、自走化支援を行った。「データドリブンな組織になるためには内製化を実現していく必要があります。社内、社外ともに変化が多い中で、分析基盤を内製しないと変化に追随できず、それがデータ活用推進の足かせになってしまいます」と岡田氏は語り、内製化は必須だったと説明する。エンジニアからデータエンジニアへと転身した岡田氏は、星野リゾート初のデータエンジニアとして基盤の運用・拡大を一手に担う立場となる。必要なノウハウや能力を獲得するために、primeNumberからスキルトランスファーを受けながら自走化を進めてきた。

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データ基盤拡張の自走ステップ

データ活用は2倍、目指すは観光業界全体の変革

 データ分析基盤構築から数カ月が経過し、変化は着実に表れている。Tableauを活用する部門数は1年半前と比べて約2倍に拡大した。当初はマーケティンググループ中心だった利用は、現地施設にも広がりつつある。自走化によってスピード感が生まれ、当初は予約データのみだった分析対象が、POSデータ、HOP4から取得した滞在実績、人事システムの労働時間データへと拡大している。現在は会計データの活用にも着手している。岡田氏は「自走し始めてからスピードがどんどん上がっており、良いサイクルができてきてます」と手応えを語る。

 社内DATA Saberプログラムによる人材育成も加速している。3期では現地施設のスタッフを主な対象とし、事前に実施した社内Tableau講座(ハンズオン)も毎回数時間で満席となるなど高い関心を集めた。その結果、全国の施設から3期への応募は10名を超えた。

「DATA Saberの根幹にあるのは、熱い気持ちを持って推進することです。現地施設のスタッフにDATA Saberが生まれたら、ものすごい爆発力になると確信しています」と木村氏は語る。現地施設にDATA Saberが誕生すれば、その活動は施設内にとどまらない。施設間、ブランドを越えた知見の共有、さらには観光業界全体へ、木村氏はそんな世界観を描いている。

 また木村氏は、分析チームの今後の方針について「分析基盤」「データ」「活用・推進」の三つの軸で語る。分析基盤は「守り」、データと活用推進は「攻め」だ。分析基盤はprimeNumberの力を借りながら教科書通りに整備を進める。データについては「内製開発のシステムだからこそ得られるデータがあり、分析チームのメンバーがこういうデータが欲しいのでこの機能を追加してくださいとのフィードバックをできるのも強みです」と述べる。活用推進の核となるのが社員一人一人の熱量だ。「社員一人一人が熱い思いを持っています。これはものすごい武器です。これを大きなエネルギーとして、これまでチャレンジできなかったことも一緒に挑戦していきたい」とも言う。

 岡田氏はデータ基盤の拡大方針について「データエンジニア領域は日進月歩で課題が山積みです。今、データ基盤を担うのは私一人。圧倒的なリソース不足という状況は理解しています。だからこそ優先順位を明確にして、まずは目の前にある未整備のデータを基盤に取り込み、品質を上げ、KPIを設計できる土台づくりに注力します」と言う。AI活用やセキュリティガバナンスなどの課題については、primeNumberなど外部リソースを活用しながら少しずつ取り入れていく方針だ。

 木村氏は展望として、「施設間、あるいはブランドやグループを越えて情報交換やコラボレーションを生み出していく、そんな世界観を実現していきたい。それは組織内にとどまらず、観光業界全体のデータ活用を盛り上げていくことにもつながっていきます」と語る。データ人材ゼロから出発した星野リゾートの取り組みは、技術と人の両輪で着実に前進している。