老舗総合機器メーカーの島津製作所は、DX推進の基盤としてBIツール「Domo」を導入した。当初は順調に利用が拡大したが、きれいなダッシュボードは増えてもそれが本当にビジネスに貢献しているのか不安もあったという。そこで同社は、社内で生まれたデータ活用成功事例を基に、ビジネスアナリスト育成プログラムを開発。単にツールを導入するだけでなく、合わせてデータ活用人材を育てることでDXを加速させている。
2025年4月に創業150周年を迎える島津製作所は、分析・計測機器、産業機器、航空関連機器などを製造している。24年3月期の連結売上高は5119億円に達し、4期連続で増収増益となった。
ビジネスの成長を維持するために、島津製作所の中期経営計画では、DX推進を重要な経営基盤の一つと位置づけている。そうした方針の下、「データに基づいた製造」を目指して新たなデータ活用ツールの導入を検討し、必要な機能をオールインワンで提供している点などを評価し、2019年にDomoを導入する。
Domoを用いたデータ活用では、まず棚卸し在庫の削減などを実現した。成果が出たこともあり、Domoのユーザーは製造部門で順調に増えていた。島津製作所では、データの活用度合いを測るためにDomoの月間利用者数の推移に着目している。当初は月間利用者数が順調に伸びていたが、やがて下落するのではとの懸念があった。
Domoを使えば、きれいなダッシュボードが容易に作れるため、多様なダッシュボードが増加した。一見、データ活用が促進しているように見えるが、「作られたダッシュボードが本当に業務の成果につながっているのか、危機感があった」と話すのは、島津製作所 DX・IT戦略統括部 DX戦略ユニット 主任の山川大幾氏だ。
便利なBIツールの導入だけでは、データ活用がなかなか定着しないのではとの危機感を背景に、島津製作所では2022年から、データ活用ツールを使いこなしてDX推進につなげられる人材の育成に力を入れることになる。
ただし当初は島津製作所にも、そうした人材をどのように育成すればいいのか、実際にデータ活用を進めるには具体的に何から始めるべきかといったノウハウはなく、頭を悩ませていた。
そのような状況の中、分析計測事業部のグローバルSCMセンターでサプライチェーンを担当する田口公史氏から、データ活用で業務課題を解決したいとの相談を、当時製造推進部に所属していた山川氏が受けることとなる。これをきっかけとした取り組みが、後のDX戦略を進めるための人材育成フレームワークの構築につながる。
当時、コロナ禍や海外紛争などの影響で、材料の需給バランスが崩れた状況にあった。これを改善するために、従来の経験と勘をベースに、かなりの工数を費やして課題解決をしようとしていたが、田口氏はデータ活用により問題の解決策を見つけたいと考えていた。そこで「製造推進部、サプライチェーン担当、BIツールベンダーのドーモによる三位一体の活動を開始した」と山川氏は語る。
具体的には、サプライチェーンを担当する田口氏が担う設計工程と、製造推進部で担うデータ加工、可視化の工程に分けて取り組みが行われた。設計工程では、課題解決のためのシナリオを考え、それを実施するために必要となるダッシュボード画面の構成に至るまでを文字通り設計した。ドーモの支援も受けながら、業務プロセスの課題解決方法を徹底して追求したという。
次のデータ加工、可視化の工程では、設計に基づきダッシュボードを構築した。設計工程をしっかりと実施したこともあり、この工程は2カ月で終了する。短期間で実現できたことは自信となり、一連の進め方がデータ活用促進につながると実感する。この取り組みによって、月間51時間の業務工数削減を実現した。
また、データ活用を積極的に進めた田口氏の周辺部署では、データ活用の活性度が増加傾向にあることも分かった。一方で、このような成果が出た取り組みが、今後も継続できるのか不安もあった。この成功体験が田口氏のような人材がいたから実現できたのだとすれば、田口氏の役割とはどのようなロールで、それをどうに定義すればいいのか。この成功体験の取り組みを再現性のあるものにする必要があった。
島津製作所では、田口氏のような役割をビジネスアナリストと定義し、これを育成するための研修「Domo Dive Program(DDP)」を立ち上げた。DDPでは、ビジネスアナリスト育成を登山に例えて、三つの施策を整備している。
一つ目の登山道整備の施策では、求められるビジネスアナリストのロール定義と研修の整備を行う。二つ目の施策は山小屋、語り場の提供で、コミュニティ立ち上げを始めとした情報共有の場を提供した。
三つ目の施策は案内人の配置で、活用における支援施策の整備を行った。2023年度からこれらを実施し、3年後に100人のビジネスアナリストの育成を目指し、「それによりデータドリブンを加速します」と山川氏は言う。
島津製作所のビジネスアナリストのロールは、データを見る初級者、データを使って可視化する中級者、そしてデータから課題を見出す実務者と、段階を踏んでステップアップできるように定義されている。育成のためのプログラムとしては、集合研修となるトレーニングアカデミー、ガイドブック、攻略本などが用意されている。
2日間の座学となる研修では、自社データを使ったDomoの活用法やコンサルティングの手法を学ぶとともに、データ可視化に関する理論的な知識の習得やケーススタディを用いた実践的な経験を積めるようになっている。PDCAサイクルを回すことで研修内容も日々改善を繰り返していると山川氏は説明する。
研修後は実践ワークとして、参加者が自分でテーマを選定し、実際の業務課題の解決に取り組む。そもそものテーマ選びでつまずかないよう、案件創出ワークショップという形で、デザイン思考ワークショップも開催している。ビジネスアナリスト研修の取り組みは3期目を迎えており、受講生も増え、社内で共通言語化が進んでいる。その結果、会議の質などが大きく向上していると山川氏は言う。
島津製作所では、DX人材育成プログラムを実施するとともに、Domoを活用して従業員の研修受講状況や学習効果も分析している。DX人材の成長過程を把握することで、ビジネスアナリストを目指す人材がつまずくことなく、自走できるようになるまで伴走する仕組みを作り上げている。
組織においてデータドリブン経営を進めようとする際は、より良いツール選定やデータ基盤整備などに注力しがちだ。最近なら、いかにして生成AIの技術を取り込むか、そのためにどのようなツールを導入すればいいかと考えるだろう。しかし、ツールなどを導入するだけでは、なかなかデータ活用の文化は定着せず、データドリブンな体制にもなかなか移行できないのが現実だ。
今回の島津製作所のように、まずはデータ活用実践で核となるビジネスアナリスト人材の育成に注力するアプローチは重要だ。ビジネスアナリストとは、データドリブンを促進させ、事業における「データ活用」のあり方高度化する人材だと山川氏は指摘する。
組織にそういった人材が数多く存在するようになれば、データや分析結果を共通言語にコミュニケーションがとれるようになる。そういったところから、ビジネス課題解決の具体的な施策も生まれるだろう。そして、生成AIのような新たなデータ活用手段が登場した際にも、それを確度高く自社事業に適用できるに違いない。