「年末休暇前に2週間でDRを実装せよ」 LAエンゼルスを救ったVeeamとパートナー

2025年5月26日11:40|インサイト末岡 洋子
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 事業継続計画(BCP)の重要性は、スポーツビジネスの世界でも変わらない。大谷翔平選手が最初に所属した米大リーグのチームとして知られ、現在は菊池雄星投手が活躍するLos Angeles Angels(ロサンゼルス・エンゼルス)では、長年、バックアップの整備が課題だった。同球団は2016年、バック保護ソリューションを提供するVeeam Softwareの製品を導入して災害復旧対策の仕組みを構築。その後「Micosoft 365」のバックアップにも活用範囲を拡大し、BCP体制を整えている。

長年の課題だった災害復旧対策、既存製品での対応は限界

 世界最高峰のプロ野球リーグであるMLB(Major League Baseball)に所属するエンゼルスは、1961年、MLBの球団拡張により設立された。初めてカリフォルニア州を拠点として新設された球団であり、同州アナハイムにあるエンゼル・スタジアムに本拠を置く。ワールドシリーズ優勝こそ1回(2002年)しか経験していないが、地元のファンに愛されている。

 エンゼルスの球団運営を支える情報システムは、災害復旧(DR)の仕組みが十分に整備されていないという課題を抱えていた。わずか6人で構成されるIT部門で物理インフラの全てを担当しているのが、勤続27年を迎えるネットワークインフラストラクチャ担当ディレクターのNeil Fariss(ニール・ファリス)氏だ。

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エンゼルスで勤続27年を迎えるネットワークインフラストラクチャ担当ディレクターのファリス氏

 米野球界と災害という点では、89年10月に発生したロマ・プリータ地震が現在でも語り継がれている。Oakland Athletis(オークランド・アスレチックス)とSan Francisco Giants(サンフランシスコ・ジャイアンツ)が戦ったワールドシリーズ第3戦の直前に発生し、3000人以上が負傷、60人以上の命が奪われた。ロサンゼルス地域の自然災害では、2025年初めの火災も記憶に新しい。

 それでもエンゼルスはこれまで、致命的なアクシデントに見舞われることなく情報システムを運用してきた。「データセンターの隣室が水害で被害を受けるなど全てを失いかねない危機に何度か直面しましたが、非常に幸運でした」とファリス氏は振り返る。

 当時、エンゼルスはVMware vSphere環境のDRソリューションである「VMware Site Recovery Manager」(SRM)を使用していたものの限界を感じていた。「SRMは複雑で、可動部分が多く安定性に欠けていました。バックアップジョブの可視性も満足いくものではなく、管理に課題を抱えていた」とファリス氏は振り返る。

 そこでバックアップとDR対策に本格的に投資することを決めた。ソリューションを探し、あるバックアップソリューションベンダーと契約寸前のところまで進んでいたが、ストレージベンダーからの助言で計画を見直し、Veeam製品の導入を検討することになった。地元のSI事業者に相談し、Veeamのパートナーを紹介してもらった。「全ての要件、必要なデータ量、実現したいことを伝えたところ、他社の提案の3分の1のコストで、より優れたソリューションが提示されました」とファリス氏。採用は即決だった。

 そのパートナーはもう一つの重要なニーズにも応えてくれた。短期間での実装だ。当時ファリス氏は年末の休暇を計画していたため、その前にプロジェクトを終わらせるべく、わずか2週間での実装を依頼したという。その時期に終われば、VMwareのライセンス契約を更新せずに済むというモチベーションもあった。結果的に、ハードウェアの設置、構成、オフサイトバックアップとレプリケーションの設定まで、全てのプロセスを2週間で完了。2016年12月末に、Veeam製品を用いたバックアップとDR体制を整えた。

わずか6人のIT部門、パートナーとの連携で効率的なデータ保護体制を実現

 予算に限りがあることから、エンゼルスではまずBCPとしてファイルサーバー、アプリケーションサーバー、ドメインコントローラー、データベースサーバーなどをバックアップの対象にした。パートナーが管理するVeeam環境でサーバー40台のバックアップからスタートし、少しずつ対象を増やしていった。

 現在はパートナーのデータセンターに完全なDR環境を構築し、バックアップ対象のサーバー台数は82台に、データ容量は149.3TBに達しているという。事前設定されたファイアウォールによる簡易なVPNアクセスを実現し、災害時には15分以内にドメインコントローラーを、30分以内に大規模データベースを復旧できる体制を整えている。「小さくスタートして広げていきました。現在ではバックアップしたいもの全てを対象にできている」(ファリス氏)。

 運用面では、パートナーによる日次の監視と問題の事前検知、さらには包括的なレポートによる可視性の確保もできているという。有事の際は、テクニカルサポートが迅速に提供される。これにより「わずか6人のIT部門でも、効率的なデータ保護体制を維持できています」とファリス氏は胸を張る。

 災害復旧計画の有効性を確認するため、エンゼルスでは年2回の定期的なテストを実施している。まず15分以内にドメインコントローラーを復旧させ、その後、全てのサーバーを立ち上げる。特に重要なのは20テラバイト規模のデータ分析用データベースで、これを30分以内に復旧させることが確認できているという。

 テスト時には本番環境と完全に分離した環境を構築し、財務部門、データ分析チーム、一般ユーザーなど各部門の実際のスタッフが接続してシステムの動作確認を行う。「最近のテストでは、パートナーが用意したファイアウォールを活用することで、ユーザーは普段と同じようにVPNで接続するだけでDR環境にアクセスできました。これが非常にシームレスな体験を提供してくれています」とファリス氏は評価。さらに、「テスト結果が良好なので、私も安心して眠ることができています」と笑う。

 実際にこうしたバックアップ体制がピンチを救った例もある。その一つがMLBドラフト。いうまでもなく球団にとって非常に重要なイベントだ。「ドラフトは極めて時間が重要なイベントです。システムが遅延すると、希望する選手を他球団に取られかねません」(ファリス氏)。ある年のドラフトで、エンゼルスはサーバー障害に見舞われたが、パートナーが即時に対応することで可用性を確保できたという。「分析担当者がドラフトに関与することが増えており、データベースサーバーの動きがおかしくなっていたのです。ヒヤっとした局面でしたが、Veeamのインスタントリカバリー機能により、短期間でスタンバイサーバーを準備し乗り越えることができました」と明かす。

Microsoft 365環境もVeeamでバックアップ、データ活用の進化に備える

 これまでの稼働状況とパートナーとの良好な関係を踏まえ、エンゼルスは3年前からVeeamの活用範囲を拡大し、Microsoft 365環境のバックアップ「Veeam Backup for Microsoft 365」も導入している。

 Office環境をオンプレミス版からSaaSに切り替えたのは6~7年前。電子メールこそメール専用のセキュリティ「Mimecast」を導入していたが、それ以外はMicrosoft 365の標準機能のみで対応していたという。しかし、SharePointやOneDriveなどには重要な情報がたくさんある。「(Veeamを導入することで)ここでも安心を手に入れることができました」(ファリス氏)

 データの重要性は高まる一方だ。「スポーツにおけるデータ活用が進んでいるのはどこも同じですが、ここ数年でチームは動画を記録するようになりました。スタジアムには20台のカメラがあり、試合だけではなく、トレーニングも録画しています。特定のピッチャーに対しての過去3年間のバッティングを見たい、左投げ投手に対する過去3カ月のバッティングを見たい、などのニーズに応える専用のアプリケーションをエンゼルスも用意しています。コーチが必要な時に必要な情報を得られるようにするには、可用性の確保が重要なのです」(ファリス氏)

 今後の計画としては、スタジアム内のIoTデバイスなどエッジからのデータの保護、ランサムウェア対策、AIや機械学習のためのデータ基盤の整理、ハイブリッド環境での一貫したデータ保護などの強化にも取り組む。また、VMwareのマイグレーションも課題に上がっており、将来に向けて具体的な検討を始めるところだという。