Astemoは、2021年に日立オートモティブシステムズと、ホンダ系部品メーカーであるケーヒン、ショーワ、ニッシンの4社統合によって誕生したモビリティソリューションプロバイダーだ。変革期にある自動車業界で持続的な成長を図るために、事業戦略と連動した組織改革と人材マネジメントの刷新を進めている。5月28日に開催されたイベント「Workday Elevate Tokyo」の基調講演に、AstemoシニアヴァイスプレジデントCHRO兼人財統括本部長の山口敬氏が登壇し、その道のりを解説した。同社が経営と人材をつなぐ基盤(戦略OS)として位置づけるWorkdayの活用実態と、人材マネジメントの方向性を紐解く。
Astemoは現在、従来の自動車部品メーカーから、ハードウェアとソフトウェアを融合させたモビリティソリューションプロバイダーへの転換を進めている。自動運転やパワートレインといった従来のハードウェア領域を軸としつつ、今後は車両とクラウドを接続する次世代基盤や、複数の領域をまたいで車両全体を統合的に制御するソフトウェアへと、事業構成を拡張している。
この変革を推進する基盤となるのが、世界134拠点、約8万人におよぶ多様な人材である。従業員の約70%が日本国外におり、執行役員の外国人比率も35%を超えるなど、同社の経営の意思決定はグローバルに展開されている。山口氏は「真の経営変革を人材の側面から加速させることが私の使命だ」と語り、事業変革を支える専門人材の獲得と、既存人材のスキル転換や生産性向上の重要性を指摘する。
組織運営の仕組みの見直しにも着手している。2024年度より、これまでのオペレーティングモデル「OPM1.0」から、新体制「OPM2.0」へ移行した。従来の1.0では、事業部がグローバル全体の損益に責任を持ち、上位からの標準化を推進してきた。しかし、その過程で現場は経営層への報告業務が増加し、主体的に柔軟な判断を下しにくくなっていた。また、現場のカルチャーを変えることが容易ではなく、組織融合の効果を十分に引き出せていなかった。
こうした状況を踏まえ、OPM2.0では経営と現場の役割分担を見直した。中長期の事業計画や商品戦略はビジネスユニットが担う一方、日々の業績管理や品質・コスト・納期といった短期オペレーションの責任は地域運営本部に移管した。山口氏は「現場の負荷をいかに減らしつつ、同時に責任意識を持たせるかが、2.0の大きな特徴です」と説明する。
これにより、現場は報告業務が効率化され、短期的な収益達成や業務の迅速化に注力できる環境が整った。その結果、組織全体の意識向上につながりつつある。
このオペレーティングモデルの刷新と人材戦略を支えるIT基盤として、同社が中核に据えているのがWorkdayである。AstemoにおけるWorkdayは、単なる人事管理システムにとどまらず、経営戦略と人材マネジメントを直結させる「戦略OS」であり、信頼できる唯一の情報源(シングルソースオブトゥルース)を実現するプラットフォームとして機能している。
Astemoでは、Workdayを2021年の統合当初は日立グループの共通テナント(複数企業で共有する運用環境)上で利用していた。だが、その後は自社の人事制度や人財戦略に即した設計をスピーディーに反映できるようにするため、2025年にAstemo専用テナントへと切り替えている。
山口氏は、Workdayの継続利用と強化を決めた背景について、他システムとの比較や機能・コストの両面から検証を重ねた結果であると振り返る。グローバル企業として必要なコア機能が充実している点に加え、システム刷新に伴うリスクや移行負荷も踏まえて検討した結果、共通環境を離れて自社専用のテナントへ移行するほうが、より迅速かつ柔軟な意思決定につながると判断した。
単独テナント化により、同社はグローバル共通の統制を維持しながらも、各地域の自立性を担保し、課題を可視化して解決できる経営基盤を確立している。
単独テナント化によって確立した基盤の上で、Astemoは人材データの統合と活用を進めている。現在、Workday上にはグローバルのほぼ全社員にあたる約8万人分の情報が一元化されており、同社の人材データの中核となるプラットフォームとして機能している。同社はデータの一貫性を保つため、周辺システムとの連携を含めた全体設計を進めてきた。具体的には、各国の給与・勤怠システムや入退館管理、派遣社員の管理システムにいたるまで幅広く連携し、全社の人材データの基盤として運用している。
Astemoでは約70本のデータ連携が、この基盤を支えている。山口氏は「70本というのはシステム数ではなくてインテグレーション数です」と説明する。これらのインテグレーションには自動処理だけでなく、ファイルを介した手動運用も含まれており、現場では各インテグレーションの内容や運用手順を整理し、管理するための相応の負荷が発生している。こうした大規模な統合と連携は、現場に一定の運用負荷を伴うものの、要員管理や人件費といった経営課題に本格的に取り組むための土台になっている。
この土台の上で、Astemoは経営課題の解決に向けた具体的な取り組みを進めている。山口氏は現在の重要課題として「要員管理と人件費」を挙げる。従来は拠点ごとにシステムが異なっていたため、人件費を財務データとして把握できても、それがどのようなスキルを持つ人材と結びついているのかを、グローバルにリアルタイムで分析することは困難だった。その結果、どの拠点にどのスキルを持つ人材がどれだけ不足しているかという本質的な課題を捉えきれず、配置判断も「足りない人数」を基準にした頭数ベースのものにならざるを得なかった。
こうした拠点ごとのシステムの違いによるデータの分断を解消するため、同社は日立時代からの旧来システムを順次廃止し、Workdayを唯一のデータソースとして財務システムなどとの統合を進めている。さらに、2030年に向けて社内で目標に掲げる販売管理費率を、グローバルな同業他社と同程度の水準である8%まで引き下げていくには、経費と人材の実態を精緻に把握できることが不可欠だ。そのため、単なる人数ベースの把握にとどまらず、どの部署にどのような人材が配置され、コストが最適化されているかを細かく分析できる体制づくりを進めている。今年度はこうした分析基盤を具体的な施策に落とし込み、2年程度での運用の完全統合を目指している。
グローバルに展開する人材データ基盤の運用と変革を牽引しているのが、同社の人事部門に設置された専門組織「デジタルHR」である。同組織は、在籍するメンバーの90%以上が中途採用、さらに60%以上が外国籍で占められている。インドや英国など世界各地に分散する専門家集団が、プラットフォームの維持管理、他システムとのデータ連携、人事や組織運営のデジタル変革という三つの役割を担い、グローバルで一体となって日々の業務を主導している。
専門家集団によるテクノロジー面の支援に加え、組織の壁を取り除くカルチャー変革も進められている。同社が掲げる価値観である「コラボレーション」を現場に浸透させ、縦割りの組織を打破するために、人事部門ではフラットな関係性の構築を進めてきた。
製造業では「現場が動かなければ何も成し遂げられない」という信念を重んじる企業が多い。Astemoでも、現場の本音を吸い上げられなければ変革は前に進まないという課題意識があった。そこで山口氏は役職名で呼び合う慣習を廃止し、自らを「山さん」と呼ばせることで、率先して心理的な壁を取り除いている。こうした姿勢が、データ統合プロジェクトにおける現場との対話を生み、グローバル展開を支える仕組みづくりにも寄与している。
カルチャー変革の影響は、プロジェクトの進め方にも表れている。トップダウンになりがちなシステム導入の場面で、現場の課題を早期に共有して解決する対話の姿勢が、データ統合の取り組みを前に進める要素になっている。現場が主体的に意見を言える環境を整えることが、結果としてデータ統合プロジェクトを推進し、グローバル展開を支える仕組みを着実に機能させることにつながっている。
人材データ基盤を手にしたAstemoは、そのデータを経営判断に活用し始めている。具体的には、次世代リーダーを配置・選定するための「後継者プラン」や「タレントレビュー」といった領域でWorkdayのデータが活用されており、客観的なデータに基づく意思決定が定着しつつある。
同社は今後の道筋を、三つのステップに分けて描いている。まずステップ1として、グローバルベースで正確なデータを担保する仕組みを構築する。続いてステップ2で、現場の実態に即した業務プロセスの構築を進める。そのうえでステップ3では、最新のAI機能も取り込みながら、データに基づいて人事施策を立案・運営できる体制を目指している。
山口氏は、Astemoの源流の一つであるホンダの文化に根付く「A00」という言葉(目的を徹底的に問い直す姿勢を示す合言葉)を引き合いに出し、単にシステム導入そのものを目的とするのではなく、「何のためにそれを行うのか」を組織全体で明確にし、共有し続ける重要性を強調する。事業の判断速度を高め、経営に対して戦略的な提言ができる存在へと人事部門を進化させるための取り組みは、現在も進んでいる。