日本国内での各種衛星放送やケーブルテレビへのスポーツ映像提供で知られるジェイ・スポーツは、動画配信サービス「J SPORTSオンデマンド」の基盤刷新に踏み切った。スマートフォンなどの普及に伴い、視聴者が時間や場所、デバイスに縛られずにコンテンツを楽しむライフスタイルが定着している中、同社はこれまでの放送中心から配信事業への転換を進めている。その戦略を支えるネットワーク構築で課題となったのが、度重なるシステム拡張による構成の複雑化と、それに起因する運用コストの増大、そして生配信に求められる低遅延の確保だった。同社はこれらの課題を解決するため、自社配信設備の一元化を推進するとともに、新たな専用線接続サービスを導入し、コストと遅延の削減に成功した。
ジェイ・スポーツは現在、BSとCSの放送ビジネスを大きな柱として維持しつつ、配信事業へのシフトを急速に進めている。背景にあるのは、デジタルデバイスの普及に伴う視聴体験の多様化だ。視聴者の間では、テレビの前に留まることなく、自分の好きな時間や場所で、好みのデバイスを用いて観戦したいというニーズが高まっている。
こうした変化を受け、同社は動画配信サービス「J SPORTSオンデマンド」の強化に注力している。同社編成制作本部オンデマンド事業推進部デジタルサービスチームでチームリーダーを務める関口和宏氏は、「これまでオンデマンドは、放送の補完的な位置づけでしたが、今後は放送に変わる柱となっていくでしょう」と語る。

放送事業では、同社が保有するチャンネル数が四つに限られているため、物理的な制約から同時に提供できるコンテンツには限界があった。どれだけ魅力的なスポーツコンテンツを豊富に揃えても、同じ時間帯に流せる番組は最大でも四つまでだったのだ。これに対し、配信ではチャンネル数のような編成上の制約がほとんどなく、提供できるコンテンツの選択肢が大きく広がる。
特に週末など、さまざまな競技や試合が同一時刻に集中する時間帯には、放送枠だけでは全ての試合をカバーしきれない。たとえばラグビーの「リーグワン」など、同時間帯に多くの試合が重なった場合でも、配信であれば最大10試合を同時に、かつ配信限定という形でユーザーに届ける体制を整えている。設備面での制約から従来の放送スタジオや編集機材が足りない場合でも、編集を行わない簡易的なライブ映像を流すなど、配信ならではの工夫を凝らしている。こうした取り組みにより、これまで放送波の制限により提供できなかったコンテンツも視聴者に届けられるようになり、コアなスポーツファンのニーズにも応えやすくなっている。
J SPORTSオンデマンドの急激な拡大に伴い、裏側の基盤となるネットワークの課題が徐々に表面化していった。もともと配信サービスは、放送ビジネスの補完的な位置づけでスモールスタートした。そのため、サービス全体のグランドデザインが描かれないまま、ユーザーの増加やコンテンツの拡充といった時々の必要性に応じ、回線やネットワーク機器を追加し、拡張してきた。
その結果、ネットワーク構成は全体像を容易に把握できないほどに複雑化し、運用の現場では利用されていない回線や機器、重複した冗長な保守契約がそのまま残るなど、非効率な状態が常態化していた。構成の複雑化はトラブル時の原因究明を困難にするだけでなく、特定のネットワーク担当者しかシステムの復旧や設定変更を行えないという「属人化」のリスクも引き起こしていた。同社のように限られた人数の体制では、この属人化は日々の運用継続におけるリスクになっていた。
そして、視聴者体験の面で深刻な問題となっていたのが、インターネット生配信につきものの「遅延」だった。放送波とインターネット配信の間に生じる数十秒のタイムラグは、スポーツ中継では決定的な課題になり得る。スマートフォンが手元にある視聴者は、配信映像を見ながらソーシャルメディアを閲覧することが多く、テレビ放送で先に試合展開や得点を知ったユーザーの投稿が目に入り、数十秒遅れの手元の映像でそのシーンを見る前に結果が分かってしまう「ネタバレ」の問題が発生していた。
「配信遅延に関しては、できる限り縮小しなければなりません」と関口氏が語るように、同社はこの課題を重く受け止めていた。視聴者からの厳しい意見や改善を求める声に向き合う中で、同社はできる限りシンプルにネットワーク構成を設計し直すことで、無駄なホップ数や処理経路を排除し、より放送波に近いリアルタイムな視聴環境の実現を目指した。
ジェイ・スポーツはこれらの課題を解決するため、それまで分散していた拠点の設備を、同社オフィスのある江東区のテレコムセンターへ一元化するプロジェクトを開始した。配信システムを集約し、物理的な距離と無駄なネットワーク構成を排除することが目的だった。
このプロジェクトの一環として、安定した広帯域を確保できる1Gbpsの冗長構成を備えた専用線接続サービスの選定を進めた。インターネット経由のVPNでは他のトラフィックと帯域を共有するため、公衆網の混雑によって画質低下やパケットロスが発生するリスクがある。さらに、無線接続を用いる場合は雨や風などの天候によって電波状態が変化し、同様に映像品質が不安定になりやすい。こうした要因による品質劣化を避けるため、同社は光ファイバーによるプライベートな閉域専用線接続を前提として検討した。
選定において前提となったのは、同社がすでに動画配信システム全体をパブリッククラウドであるAWS上に構築していた点である。そのため、閉域網からAWSへ安定的に接続できるAWSダイレクトコネクトの活用が不可欠だった。複数のキャリアが提供する専用線サービスを比較し、Coltが提供する「Colt DCA for AWS」の採用を決めた。
選定の決め手は、求める品質水準を満たしつつ、コスト面でも優位性があった点だ。加えて、過去の利用経験も判断材料となった。「実は、Coltの回線を使用したのは今回が初めてではなく、3年前にネットワークの一部として採用していました。当時は間接的な付き合いでしたが、その頃から安定した品質を提供できると感じていました」と、セールス&マーケティング本部 オンデマンド事業推進部 デジタルサービスチームの小俣光次郎氏は振り返る。

また、同社のデジタルサービスチームは放送インフラを専門としてきた組織ではないこともあり、キャリア側のサポート体制も重要な選定要素となった。技術的に不確実な部分がある中で、設計や接続、運用まで一体的に支援を受けられるマネージドサービスとして提供されている点も、採用を後押しした。
2024年11月の採用決定後、2025年4月1日の本格運用開始に向けた移行は、約3カ月で進められた。拠点とする江東区のテレコムセンターには通信事業者の回線が集積しており、Coltの回線設備もすでに敷設されていたことから、開通までのリードタイム短縮につながった。
回線の切り替えでは、物理的な接続確認に加え、AWS側の設定やインターフェースの調整も含めてColtが一体的に対応した。1Gbpsの冗長化回線と、24時間365日の放送・配信を支える保守・運用体制が評価されて採用に至っており、運用開始後は大きな障害なく安定稼働が続いている。
シンプルな専用線構成に見直したことで、長年の課題だった配信遅延にも改善がみられた。関口氏はこの効果について、「正確には計測できないが、旧来の構成と比べると体感で数秒単位遅延を短縮できている」と語る。放送と配信のタイムラグが縮まったことで、ソーシャルメディア上の投稿によるネタバレの影響も抑えやすくなり、スポーツ配信に求められるリアルタイム性の改善につながっている。
あわせて、ネットワーク構成の整理により、障害発生時の一次切り分けを自社で行いやすくなった。不要な回線や機器、重複した契約の見直しも進み、月次の運用コストは導入前と比べて約半減した。
今回整備したネットワーク基盤は、足元の安定運用だけでなく、今後の配信拡張を支える土台にもなる。需要の変化に応じて同時配信数や帯域を柔軟に拡張できるほか、現場からクラウドへ映像を直接伝送するリモートプロダクションなど、将来的な制作スタイルの変化にも対応しやすい構成となっている。
インフラの柔軟性は、多様化する配信拠点を支えるうえで重要な要素となる。関口氏はこの先の展望について、「これまでの自社スタジオを中心とした放送事業から、クラウドを活用したライブ配信が主流になるにつれ、さまざまな拠点からのネットワーク回線が求められます。長期的には、これらの回線を固定回線として安定運用できるようにしていく必要があると感じており、その中でColtへの期待は大きいです」と語る。
さらに、基盤の進化は視聴者への新たな価値提供にもつながる。関口氏は、「配信の強みは、ユーザーが見たい時に見たいものを見られることです。今後は複数のカメラアングルをユーザー自身が選べる仕組みや、視聴ログを活用したコンテンツの出し分けなど、これまでになかった新しい視聴体験を提供していきたいです」と話す。クラウド連携を見据えて刷新された今回のネットワーク基盤は、単なるコストや遅延の課題解決にとどまらず、J SPORTSが次世代のスポーツ観戦体験を実現していくための基盤ともなっている。