大阪公立大学は、建物をソフトウェアで制御する「ビルOS」を核とした「スマートユニバーシティ」の実現に向け、キャンパス環境の高度化を進めている。その一環として、ビルOSに後付け型スマートロック「Akerun」をAPI連携させ、自動ドアやエレベーターを横断的に制御することで、ロボットが複数フロアをまたいで自律移動できる仕組みを構築した。従来は個別最適にとどまっていた設備を一体的に動かすことに成功している。同大学が目指すのは、単なるデジタル設備の導入ではなく、機能を継続的に拡張できるキャンパス基盤の整備だ。中百舌鳥キャンパスでの実証から森ノ宮キャンパスでの大規模展開へとつながる、異種設備を統合するビルOSの技術的特徴や、学生向けアプリ「OMU+」の展開、さらにロボット連携の具体的な事例を取材した。
2022年4月、大阪府立大学と大阪市立大学の統合により誕生した大阪公立大学は、「スマートユニバーシティ」の実現を掲げ、デジタル技術を基盤とした新たなキャンパス運営を模索してきた。大学は学生や教職員、研究者など多様な人が日常的に行き交う、「都市」に近い複雑な環境である。デジタルインフラを活用しながら、効率性と安全性、そして快適性を継続的に高めていくことが、同大学の取り組みの軸となっている。
こうした構想の背景には、従来のスマートビルの限界がある。多くの建物は、建設時に高機能な設備を導入して完成形となるが、その後の変化に柔軟に対応しにくい。大阪公立大学 大学院情報学研究科長の阿多信吾教授は、「作ったら終わり、できたら終わりではなく、重要なのは技術の進展や利用者ニーズの変化に応じて機能を継続的に拡張できることです」と指摘する。同大学が目指すスマートキャンパスは、こうした「更新され続ける前提」を土台としている。
この考え方を実環境で検証する場となったのが、中百舌鳥キャンパスのスマートエネルギー棟である。同棟には、空調、照明、エレベータ、太陽光発電、蓄電池に加え、環境センサーや入退室管理システムなど、多様な設備が集約されている。ここでは、設備データの収集と、それに基づく動的制御を行う基盤を構築し、ビル単位での実証を重ねてきた。そこで得られた知見は、新設された森ノ宮キャンパスへと引き継がれ、より大規模なビル群における実装と社会実装を見据えた展開につながっている。
中百舌鳥キャンパスのスマートエネルギー棟には、ベンダーの異なる多様な設備や機器が導入され、それぞれ独自の通信仕様や制御システムで動作している。こうした異種設備の連携は個別対応になりやすく、その実現には多大なコストと時間を要する。結果的に、特定ベンダーの仕様やシステムに依存した構成となりがちだ。このような「ベンダーロックイン」という課題を解消するために開発されたのが「ビルOS」である。大阪公立大学が中心となり、NEDOの助成事業などを通じて開発されたこの基盤は、建物のハードウェアを抽象化し、アプリケーションから共通の手続きで扱えるようにする。PCやスマートフォンのOSに近い役割を担う。

ビルOSは、「ドライバ層」が各設備固有の通信仕様を内部で吸収し、それを「APIゲートウェイ」が共通のインターフェースとして変換・提供するアーキテクチャとなっている。これにより開発者は、各設備のメーカーや仕様を意識することなく、APIを通じて状態を把握したり制御したりできる。阿多教授は、この仕組みの本質を「建物をプログラムする」と表現する。物理的な構造物であるビルを、ソフトウェアによって制御・拡張できる対象として扱う考え方だ。スマートエネルギー棟での実証で、この抽象化の有効性が確認され、森ノ宮キャンパスのような大規模環境でもベンダーに依存しない拡張が可能となった。
基盤の整備により、学内外の開発者がスマートビル向けのアプリケーションを開発しやすい環境が整ってきた。その一例が、学生向けスマートフォンアプリ「OMU+」である。同アプリは単なる情報提供ツールにとどまらず、ビルOSと連携してキャンパス設備と直接つながるインターフェースとして機能する。学生は「空き教室検索」などの機能を通じて最適な活動場所を容易に見つけることができる。将来的には、この利用データやセンサーと連携し、無人になった教室の空調や照明を自動でオフにするなど、キャンパス全体での徹底した省エネ制御も計画されている。こうした開発と利用者フィードバックの循環を通じて、継続的に機能を改善していく点にビルOSの真価がある。
中百舌鳥キャンパスのスマートエネルギー棟では、ビルOSの有効性を示す取り組みとして、ロボットと建物設備を連携させた入退室・移動管理の実証が行われている。清掃や搬送、案内などを担うロボットが複数フロアをまたいで自律的に移動しタスクを実行できれば、省人化や業務効率化に大きく貢献する。一方で実際の建物には、セキュリティで保護された自動ドアやエレベータといった物理的な障壁が存在する。
ロボットの自律移動で大きな課題となったのは、自動ドアのセキュリティ管理だった。スマートエネルギー棟では、建設時の設計に基づき電子錠システムの導入が決まっていたが、外部からのAPI連携に対応しておらず、ICカードによる解錠が前提となっていた。ロボットはICカードをリーダーにかざすことができない。ロボット、ビルOS、電子錠をネットワーク経由で連携させて解錠を制御しなければ、フロアをまたいだ移動は実現不可能だった。
この課題を解決するために採用されたのが、Photosynthのスマートロック「Akerun」である。既存の電子錠システムを活かしつつ後付けで設置できる点や、APIによる外部連携機能を備えていることが評価された。ビルOSからAkerunを制御するための専用ドライバを実装したことで、既存設備を大きく改修することなく自動ドアを制御する仕組みが整った。

実際のフロア移動は、ビルOSを中心に次のように制御される。ロボットが移動指示を受けてセキュリティエリアの自動ドアに接近すると、ビルOSがAkerunのAPIを通じて解錠し、ロボットがエレベーターエリアへ進入する。この際、ロボットの進行とドアの開閉タイミングを適切に同期させなければならない。タイミングが早ければ扉に衝突し、遅れれば扉が閉じてしまうためだ。ビルOSがこうしたタイミング制御も含めて一体的に管理することで、安全かつ確実な通過が可能となっている。
続いてビルOSがエレベーターを呼び出し、ロボットを乗車させたうえでエレベーターを「ロボット専用モード」にして目的階へと移動させる。ロボットは各設備と直接通信することなく、ビルOSを介して移動を完結する。

一連の仕組みでは、ビルOSが設備間の制御を担い、Akerunが既存の物理的制約を補完する役割を果たしている。ビルOSとAPI対応機器の組み合わせが、建物の機能拡張を現実的なコストと手間で実現するためのポイントとなった。
大阪公立大学のスマートキャンパスでの実証は、ビルOSを中核に据え、Akerunやロボットといった新しい技術をキャンパスという実環境で試す取り組みだ。ここで培われたのは、個別の製品構成だけでなく、大学を産学官の共創の場として開きながら、新しい設備やサービスを継続的に試し、磨き込んでいくための枠組みとソフトウェア資産である。
ビルOSの最大の強みは、後から新しい設備や最先端のテクノロジーを柔軟追加・統合できる拡張性にある。Akerunの導入は、APIで制御可能な機器であれば既存設備に後付けで新機能を拡張できることを証明した。この拡張性は森ノ宮の大規模ビル群にも引き継がれ、運用しながら機能を進化させていく基盤となっている。今後は蓄積されたデータの活用や分析を高度化し、建物の運用をさらに最適化していく方針だ。
さらに、こうした建物単位のデータと制御の仕組みは、外部のデータ基盤と連携することで都市レベルでの活用にもつながっていく。大阪府・大阪市が推進する「大阪広域データ連携基盤(ORDEN)」などの都市OSとの接続も視野に入れる。ビルOSで収集されたエネルギーや人流データが都市側の基盤と連携すれば、防災対応の高度化やモビリティの最適化、広域でのエネルギーマネジメントといった応用が可能になる。
阿多教授を中心とする大阪公立大学の取り組みは、大学というフィールドを産学官の共創の場として開放し、技術を段階的に社会実装していくモデルケースとなっている。「ビルOSから都市OSへ」という方向性のもと、建物単位の最適化を都市全体へと広げていく試みは、スマートビルや都市DXの今後を考える上で重要な示唆を与えている。