津軽りんご市場が挑む情報伝達改革 効率化の先の「対面支援強化」で生産者の収益向上

2026年6月1日09:00|インサイト谷川 耕一
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 青森県の基幹産業であるりんご生産は、高齢化や人手不足を背景に、その持続可能性が課題となっている。取扱高138億円のりんご専門卸売市場である津軽りんご市場は、2024年に就任した専務の大中実氏の主導で、従来の人手依存型の情報伝達の見直しに着手した。スマートフォンと日本事務器が提供するコミュニケーション基盤「fudoloop」を導入し、生産者へ相場や栽培支援情報を直接配信する体制を構築した。高齢層の利用を懸念する声もあったが、利用可能な層から段階的にデジタル化を進め、効率化で創出した職員の時間を生産者の対面支援に振り向けている。

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りんごの出荷の様子(写真提供:津軽りんご市場

情報伝達の遅延・ばらつきがビジネス拡大の阻害要因に

 全国のりんご生産量の約60%を占める青森県で、津軽りんご市場は年間4万3140トンを扱う主要な産地市場の一つだ。弘果弘前中央青果と合わせた取扱量は約13万2000トンに達し、全国の約22%を占める。出荷組合数272、登録組合員3500人に加え、非組合員の登録者4500人を含めると、関係生産者は約8000人に上る。これに78社の買参人が結びつき、流通基盤を支えている。

 この大規模な流通体制の中で、長年の課題だったのが情報伝達の遅延やばらつきだ。従来は営業職員約20人が出荷組合長へ電話で連絡し、そこから各組合員へ伝達する仕組みだった。生産者まで情報が届くのに数日から1週間を要することもあり、伝達漏れや誤認も発生していた。特に、色目や形状、傷の程度といった視覚情報は口頭では共有しにくく、判断基準の統一が難しかった。

 2024年6月に専務取締役に就任した大中氏は、この状況の見直しに着手し、1カ月以内に営業担当者へスマートフォンを配布するとともに、fudoloopの導入を決めた。背景には、水産卸でマーチャンダイジングに携わった経験がある。産地・流通・小売・消費者のデータを組み合わせて分析し、仮説提案を行う中で、情報基盤が販売成果や意思決定の質を左右することを実感していた。

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津軽りんご市場 専務取締役 大中 実氏

 もっとも、導入にあたっては慎重な意見もあった。ガラケーからスマートフォンへ移行すれば通信費は倍程度に増える。また、高齢の生産者が使いこなせず、情報格差が広がる可能性も指摘された。これに対し同市場は、全員に一律の利用を求めず、対応可能な層から段階的に活用を進める方針を採用した。大中氏はこの判断について、「fudoloopなどを活用して業務を効率化することで生まれた時間を、スマートフォンを利用しない生産者への対面サービスに充てることができると考えるほうが、真の生産者ファーストではないでしょうか」と語る。デジタル化によって対面機会を減らすのではなく、むしろ対面支援を手厚くするための環境整備と位置づけたのだ。

 fudoloopを提供する日本事務器も、津軽りんご市場の迅速な環境整備を評価する。同社事業戦略本部 戦略企画部 食産業ソリューション担当 担当部長の高松克彦氏は、「大中氏の主導でスマートフォンが一斉に配布されるなど、IT化に対する現場の阻害要因があらかじめ取り除かれていました。その絶好のタイミングだったからこそ、fudoloopの機能が現場のニーズに適合したのではないでしょうか」とみている。

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日本事務器 事業戦略本部 戦略企画部 食産業ソリューション担当 担当部長 高松克彦氏

情報の体系化と「利益直結型情報」により出荷判断を高度化

 大中氏がコミュニケーション基盤の整備と並行して進めたのが、発信する情報の整理だ。従来は相場情報、栽培関連の連絡、経営に関する案内が整理されないまま発信されていたが、これらを「利益直結型情報」「経営思考型情報」「栽培支援型情報」の三つに分類した。情報を用途別に分けることで、生産者が必要な情報を把握しやすくし、発信側も目的に応じて内容を設計しやすくした。

 このうち、生産者が比較的早く有用性を実感したのは、日々の出荷判断や収益に直結する利益直結型情報だったという。象徴的な事例として、2024年に青森県内で広がったカメムシ被害への対応がある。吸汁被害を受けたりんごは傷が残るため、従来は加工用に回されることが多かった。一方で、被害が軽微であれば「ハネ物」として生食用に出荷できる可能性があることを、買参人との協議を通じて確認した。加工用が20kg箱あたり約1500円であるのに対し、ハネ物は約4500円で取引される場合もあり、選果基準の違いは生産者の収益に直結する。

 そこで営業職員は、被害の程度ごとに果実を撮影し、fudoloopを使って価格との関係が分かりやすい形で共有した。生産者は配信された写真を参照し、園地や作業場で選別できるようになった。電話中心では難しかった視覚情報の共有が、出荷区分の見直しによる収益力向上を後押しした。従来のように組合長経由で伝達していた場合は、基準が行き渡る前に出荷してしまうこともあったが、一斉配信により判断の即時性が高まった。

 海外市場の需要動向も利益直結型情報として機能している。台湾などでは、日本国内では小ぶりとされる小玉りんごへの需要がある。この情報を迅速に共有することで、従来は加工向けだった果実を市場出荷へ振り替える判断が可能となり、販売機会の拡大につながった。価格は需給や品質条件に左右されるが、用途変更によって新たな収益機会が生まれている。

 さらに、出荷者別の販売実績データである「売立情報」の扱いも変化した。従来は基幹システムから出力した個別の売立情報を、希望者へメール添付で送る運用だったが、メールでは過去データの蓄積や振り返りがしにくい。同市場は、出荷者番号ごとに売立情報を蓄積し、スマートフォン上で確認できる形に改めた。これにより、生産者が過去の出荷実績と足元の相場を見比べながら、自ら出荷判断を行いやすくなっている。

ステークホルダーとの「関係性強化」こそがツール導入の目的

 新しいITツールの導入では、制度設計だけでなく、現場で継続的に使われる仕組みづくりが重要となる。津軽りんご市場では、導入後の定着に向け、営業職員が生産者のもとを訪問し、アプリケーションのインストールや初期設定を個別に支援した。生産者にとっては、単に利用を求められるのではなく、設定や使い方まで伴走支援を受けられるため、導入の心理的負担が軽減された。

 運用面では、当初から完成度の高い仕組みを目指すのではなく、使いながら改善していくのが基本方針だという。実際に情報を配信し、その反応を見ながら内容や伝達方法を調整していくことで、営業職員自身も「生産者に活用されている」という手応えを得やすくなった。配信した情報が生産者の選果や出荷判断に結びつき、結果として収益機会につながった事例が増えていることで、現場の利用継続につながっている。

 高松氏も、同市場では定着が比較的早かったと指摘する。「他の市場では、営業担当者のITリテラシーによって活用度合いに差が生まれ、普及が『目詰まり』を起こすケースもある。しかし津軽りんご市場では、比較的スムーズに浸透した」と語る。背景には、ガラケーからスマートフォンへの一斉切り替えにより、職員が新しいツールにワクワクして取り組んだことや、大中氏が「失敗してもいいから使い倒せ」と背中を押した心理的安全性がある。

 導入前には、デジタルツールの普及により営業職員の産地訪問が減るのではとの懸念もあった。しかし実際には、情報配信が共通の話題となり、訪問時の会話の質が変化している。従来は連絡事項の伝達自体に時間を要していたが、「配信後は、あの写真の基準はどう見るか、この相場情報をどう判断するか、といった具体的な対話が生まれやすくなりました」と大中氏は述べる。情報提供をデジタル化したことで、対面の場では補足説明や相談対応に時間を使いやすくなっている。

 また、営業職員の側にも、訪問の目的が明確になるというメリットがあった。fudoloopで一斉配信された相場、資材、栽培、出荷区分などの情報が、全職員にとっての共通の「会話の糸口」として機能するからだ。従来は世間話から入ることが多かった職員も、「昨日の配信情報、見ましたか?」という具体的なテーマを起点に話を進められるため、単なる「御用聞き」ではなく、状況確認や提案に比重を置いた対応が可能になる。

 デジタル化が対面コミュニケーションを置き換えるのではなく、むしろその前提条件を整える役割を果たし、結果的に産地訪問の質が向上している。「DXの本質とは、情報をより効率的に知ることで人の行動が変わり、結果として他者との関係性が大きく変革していくこと、そして根拠に基づく情報をもとにコミュニケーションが取れるようになることです」と話す大中氏は、単なる業務効率化ではなく、生産者をはじめとするステークホルダーとの「関係性の強化」こそがツール導入の真の目的だと強調する。

生成AIを活用した熟練者の知見共有など情報基盤のさらなる強化へ

 栽培支援では、約350ページの「りんご生産指導要項」を生成AIに読み込ませ、圃場からスマートフォンで検索できる仕組みの実証も行った。病害虫や樹体異常の疑問をその場で確認できる環境を目指した取り組みである。現時点では予算の都合で一時停止しているが、ベテランの知見を共有する仕組みとして評価され、活用の検討は継続している。

 今後は、LINE公式アカウントを入口に、詳細情報や蓄積データの活用をfudoloopで行う二層構造の情報発信体制を計画している。生産者の減少や担い手不足が進む中、市場は取引の場にとどまらず、情報提供や業務支援、経営支援の役割が求められている。こうした役割を見据え、同市場は情報基盤のさらなる強化を図る。