eスポーツのチームリキッド、データ活用にSAPの技術を活用 戦略的な意思決定を迅速に

2024年9月9日09:00|インサイト末岡 洋子
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 コンピュータゲームとスポーツの両方がルーツであるeスポーツは、データと相性が良い。1億2000万ドル以上の賞金獲得実績を持つeスポーツチームのチームリキッド(Team Liquid)は、パフォーマンスの強化や対戦相手の分析にデータを積極活用している。その取り組みを支えるのがSAPの技術だ。チームリキッドの共同創業者兼共同CEOのビクター・グーセンス(Victor Goossens)氏、パートナーシップ担当ディレクタージェイソン・ルーカス・ルイックス(Jason Lucas Luijckx)氏に話を聞いた。

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チームリキッドの共同創業者兼共同CEOのビクター・グーセンス氏(左)、同パートナーシップ担当ディレクターのジェイソン・ルーカス・ルイックス氏(右)

SAP HANA CloudとBTPで5000億以上のデータポイントを自動収集、即座に分析

 2000年に設立されたチームリキッドは、オランダを本拠地とするチームリキッド・エンタープライズ(Team Liquid Enterprise)のeスポーツ部門だ。約120人のプレイヤーに加え、コーチやアナリストを含めると総勢約150人の組織となっている。15以上のゲームタイトルに参戦しており、「League of Legends」と「Dota 2」でSAPの支援を受けている。

 SAPはサッカーのFCバイエルン・ミュンヘン(Bayern Munich)、女子テニス協会(WTA)、米ナショナルホッケーリーグ(NHL)などスポーツの事例を多く抱えている。その実績が決め手の一つになり、2018年にチームリキッドはSAPと提携。「SAP HANA Cloud」「SAP Business Technology Platform」「SAP Analytics Cloud」を導入し、チームのパフォーマンスを強化するためのソリューションなどを共同構築している。

 具体的にはどのような取り組みを進めてきたのか。ルイックス氏が最初に挙げたのが、所属選手のパフォーマンスの分析だ。チームリキッドでは選手の全てのアクションをデータポイントとして収集し、SAP HANA Cloudに保存。このデータをSAP Business Technology Platform(BTP)を使って、SAPのアナリティクス技術上にカスタム構築したアナリティクスレイヤーで分析する。

 データポイントは5000億以上。公式トーナメントの全ての試合をフィルタリングしており、特定のゲームや選手にフォーカスして分析できるという。SAP Analytics Cloudのダッシュボード上でほぼリアルタイムで視覚化しており、コーチやアナリストが必要なデータに簡単にアクセスできる体制を整えている。

 従来は数時間を要していたような分析が、数分、場合によっては数秒で完了するため、状況に合わせた戦術の組み立てが可能になる。グーセンス氏は、「戦略的な意思決定をタイムリーに行うことができるようになり、トーナメントの勝利につながっている」と話す。「我々のニーズにフィットするソフトウェアを開発してBTPに載せることができる。SAP上にカスタム構築したソフトウェアが大きな競争優位性につながっている」(グーセンス氏)

 SAP HANA Cloudをベースに、新しい選手を発掘するスカウトシステムもSAPと共同開発している。

対戦相手の動画分析やドラフトのシミュレーションにも活用

 試合の準備段階における対戦相手の分析でもSAPの技術を活用している。eスポーツでは、公式試合の動画が豊富に存在する。チームリキッドとSAPは、これらの動画データをSAP HANA Cloudに格納し、アナリストがすぐに分析できるような仕組みを構築した。試合数にして600万以上。これにより、ほぼリアルタイムで対戦相手の分析ができるわけだが、これは特にトーナメントの場合に役に立っているそうだ。

 「次の対戦相手がわかると、アナリストは数千ものゲームを分析して、相手のパターン、傾向、強みなどを探ることができる」とグーセンス氏。これまでは、アナリストがマニュアルでゲームの動画をリプレイするしかなく、時間と人手の制約があった。「倍速で見たとしてもせいぜい5ゲーム程度(しか分析できない)。それが一気に数千ゲームに増え、しかも必要な情報を効果的に得られる。SAPのテクノロジーなしには不可能だ」と強調する。

 チームリキッドが収集しているこうした対戦相手の研究データは、League of Legendsの「ドラフト」プロセスでも生かされている。ドラフトとは、スキルが異なる160以上のキャラクターのプールから各チームが5人を"ピック&バン(pick and ban)"で 選ぶプロセスで、対戦相手が選ぶキャラクターを予測できれば、試合を有利に運ぶことができる。

 そこで、SAP BTP上にある「SAP AI Core」を使って160万以上のアマチュアの試合データでトレーニングしたモデルの上に、6000人以上のプロの試合データを使って選手やチームの傾向を分析できるようにした。これを「AIドラフトボット」として、アナリストが自然言語を使ってアクセスできるようにしている。

 「試合は一つとして同じものはなく、ドラフトを読み誤れば不利になる。つまり、ゲームが始まる前に負けてしまうことになる。だからこそ、この予測とシミュレーションは戦略的に重要」とグーセンス氏。SAPと共同構築したシステムにより、ドラフトの準備段階の生産性は80%改善し、445兆もの組み合わせの可能性から最適な選択ができるようになったとのことだ。

SAP Concurを導入、組織のデジタル化も進める

 チームリキッドはSAPの他に、Dell Alianware、ホンダなどとも提携しているが、それぞれと独自のパートナー関係を構築している。SAPについては、ルイックス氏が「スポンサーを超えたパートナー」、グーセンス氏は「イノベーションパートナー」と表現する。

 SAPとの提携は、パフォーマンス強化の領域以外にも広がりつつある。チームリキッド・エンタープライズは最近、従業員の経費精算に「SAP Concur」を導入した。eスポーツの市場が拡大しており、チームリキッドのメンバーも大会出場などの出張が増えた。個人のクレジットカードを使って決済し、後に経費を報告・申請するプロセスでは管理が難しくなっていることが最大の理由だ。

 「それまではスタートアップ感覚だったが、組織の規模が大きくなっており業務の管理や効率化が必要になっている」とルイックス氏。Concur導入後、払い戻しプロセスを400%高速化できているとのこと。今後はSAPのERPを導入する計画もあるという。

 グーセンス氏はこの6年のSAPとの関係を振り返って、「SAPを導入したことでTeam Liquidが強くなり、企業の規模も大きくなった。我々は企業として次の段階にステップアップしようとしており、ここでもSAPの支援が役に立っている」と述べた。