Helical Fusion、2034年に世界初の定常核融合炉稼働へ クラウドで開発が加速

2024年12月4日16:15|インサイト谷川 耕一
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 クリーンで安全な究極のエネルギー源として、長年「夢の技術」と呼ばれてきた核融合発電。その実現に、日本のスタートアップ企業Helical Fusionが独自のヘリカル型核融合炉で挑んでいる。Helical Fusionは、AWSのクラウドを活用することで、複雑なシミュレーションを高速化し、2040年代の実用化を目指している。

夢の核融合技術を2040年代に商業化する

 核融合は、軽い原子核同士を衝突させ、より重い原子核にすることで莫大なエネルギーを発生させる反応。石油などの化石燃料に比べ、同じ質量から得られるエネルギーが桁違いに大きく効率が高い。燃料の重水素は海水中に豊富に存在し、トリチウムはリチウムから生成でき、豊富にある。また暴走反応が起こりにくく、原子力発電所のような高レベル放射性廃棄物が発生しない。さらに二酸化炭素などの温室効果ガスも排出しないため、ベースロード電源として期待されている。

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核融合発電の原理

 1990年代までに、世界各国の核融合研究でさまざまなタイプの核融合実験装置が建設された。しかし、プラズマの閉じ込め時間や温度などの目標値を達成するのは難しく、核融合発電は夢の技術のままだった。

 2000年代になりITER(International Thermonuclear Experimental Reactor:国際熱核融合実験炉)計画が本格的に始動し、核融合発電の実現に向けた機運が再び高まる。ITER計画は日本、欧州連合(EU)、ロシア、アメリカ、中国などが参加する国際共同プロジェクトだ。

 機運は高まったもののITERの建設は遅れ、核融合発電の実用化にはまだ時間がかかると考えられていた。それが2010年代以降、核融合技術が急速に進歩し、ITER計画も進展を見せている。民間企業による核融合発電の研究開発も活発化している。

 岐阜県土岐市にある核融合科学研究所は、日本の核融合研究の中核拠点だ。1989年5月に設立され、日本におけるITER計画の重要な役割も担っている。ここにある大型ヘリカル装置は、ITERとは異なる方式の核融合実験装置だが、プラズマの閉じ込めに関する研究などを通じ計画に大きく貢献している。

核融合発電の原理

 Helical Fusionは、核融合科学研究所の研究成果を基に、日本発のヘリカル型で核融合炉の開発に取り組む企業として2021年に設立された。現在は個別技術実証を行っており、2020年代後半までに小型の最終実験装置での実証を経て、2034年に50から100MW級の発電初号機を構築し、世界初の定常核融合炉を稼働させる。そして、2040年代以降の本格商業化を目指している。

 核融合発電では、1億度もの超高温環境が求められ、圧力は10気圧ほどでそこに三重水素、重水素を長時間閉じ込める必要がある。これらを実現する技術的ハードルは高く、全てを解決しなければ核融合炉は動かせない。

 核融合炉では、トカマク方式が主流だ。これは、ドーナツ型の容器中にプラズマを閉じ込め、強力な磁場を使いプラズマを制御、加熱し核融合反応を起こす。磁場によるプラズマの閉じ込め性能が高く、長時間のプラズマ維持が可能だ。1億度以上の超高温プラズマの生成もでき、長年の研究開発で技術的な成熟度も高くITER計画でも採用されている。

 しかし、トカマク方式はプラズマが不安定な状態になりやすく、閉じ込め性能が低下することがある。高温、高密度のプラズマを閉じ込めるために、大型の装置が必要だ。プラズマ電流を長時間維持することが難しいため、パルス的な運転も必要だ。

 Helical Fusionが採用するヘリカル型は、トカマクと原理は同様。ヘリカルという言葉の通り、くねくねと曲がった螺旋形状の中にプラズマを閉じ込める。プラズマはねじることで安定し維持でき、電流の力を使いねじるのではなく、構造でねじるのがヘリカル型方式だ。

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核融合の炉方式での比較

 トカマクのドーナツ型よりも構造は複雑だが、安定する。岐阜の核融合科学研究所には、世界で唯一の大型ヘリカル装置があり、プラズマ温度1億度の条件を達成、3000秒以上のプラズマ維持にも成功している。

 核融合科学研究所のヘリカル型プラズマ実験と核融合炉工学の長年の成果を継承しているのがHelical Fusionだ。同社は技術的な優位性が認められ、「文部科学省 中小企業イノベーション創出推進事業(SBIR: Small Business Innovation Research フェーズ3)」の核融合分野に採択、20億円の補助金交付も受けた。とはいえ、同社のメンバーは28名と少なく、ビジネスと研究開担当が半々の構成だ。

ParallelClusterなら容易かつ安価にスパコンが使える

 Helical Fusionで描く核融合炉発電の初号機構築のロードマップを可能にしているのが、IT技術の進化とクラウドの活用だ。ヘリカル核融合炉は、三次元性が極めて高い構造だ。そのため「紙とペンでできる設計解析は限界で、コンピュータシミュレーションが重要な役割を担います」とHelical Fusion チーフリサーチャーの中村 誠氏は言う。

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Helical Fusion チーフリサーチャー 中村 誠氏

 複雑な三次元構造の解析には、ハイパフォーマンスなコンピューティング環境が必要だ。Helical Fusionは設立したばかりのスタートアップで、拠点も持たず職員全員がリモートワークで働く。大規模な計算機クラスターを設置するような場所もない。そこで、資金調達の一つとして利用したのが「AWSスタートアップ支援プログラム」だ。これは2023年からAWSがグローバルで展開する施策で、スタートアップの成長ステージに合わせ、最大10万ドル相当のAWS利用クレジットを提供するものだ。

 海外ではAWSを使った核融合炉の大規模な設計シミュレーション事例があることを、中村氏は知っていた。Helical FusionでもAWSを活用できると考え、2023年7月からAWSの導入を検討、担当者とも可能性について情報交換する。その結果「大きなボトルネックだった、核融合反応で出る中性子の挙動をシミュレーションがAWSで可能との見通しが立ちました。予想していなかったジャイロトロンの設計に関する電磁解析もできそうだと分かりました」と中村氏。

 8月から10月にかけてAWSの導入準備を進め、11月から2024年2月まで従量課金でAWSを試験運用した。試験運用で、中性子輸送シミュレーション、ジャイロトロンの電磁界解析でAWSが使えることを確認。2024年3月からスタートアップ支援プログラムのクレジットを利用し、AWSの本格運用を開始した。

 中性子輸送シミュレーションでは、AWS ParallelClusterを利用している。「大学などにあるスパコンを模擬でき、1万コアくらいの計算資源がすぐに使えます」と中村氏は言う。

 重水素と三重水素による核融合反応で、ヘリウムと中性子ができる。中性子は炉心の周りに設置したブランケットと呼ばれる機器で受け止め、中性子の運動エネルギーが熱エネルギーに変換され、熱エネルギーで水などを沸騰させ発電する。ブランケットに中性子があればエネルギーとして利用できるが、ブランケットの外に透過するものもある。透過した中性子は、核融合反応維持のために磁場を発生させる超伝導コイルにまで達し、それを放射化したり損傷を与えたりする邪魔者となる。さらに中性子は、放射線の一つなので外部に出ると人体にも悪影響を及ぼす。中性子の挙動予測は、極めて重要なのだ。

 シミュレーションでは乱数を用い、材料を構成する元素との相互作用で中性子が散乱するか、核反応を起こすかなどを見る。そのための処理を1億回から10億回程度繰り返し、統計を取り、単位面積で単位時間に通過する中性子の数を予測し評価する。結果は、核融合発電プラントの設計や安全設計の重要なインプット情報になる。

 シミュレーションの大きなボトルネックが、ヘリカルの形状が複雑過ぎることだ。3D CADで作った核融合炉の複雑な構造データを、中性子輸送計算コードに読み込ませるのは極めて困難だった。Helical Fusionでは徳島大学との共同研究で、CADデータを中性子輸送コードで読み込めるポリゴンデータに変換する技術を開発、これを用いてシミュレーション計算を可能にした。

 しかし、複雑な形状をポリゴン化すると、情報量が増え計算に多くの時間がかかるのが問題だった。精度を上げるためにより詳細にポリゴン化すれば、ポリゴン数が増えデータは膨大となる。それを徳島大学の計算資源で処理すると24時間、長い場合は一週間、一ヶ月もかかる。

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ParallelClusterを使ったシミュレーション例

 これをAWS ParallelClusterで計算すると、3時間程で終了する。「処理時間を大きく短縮でき、核融合炉設計が大幅に効率化できます」と中村氏は言う。大きな初期投資なしに、高度なスーパーコンピュータの計算リソースが利用できる。これはスタートアップのHelical Fusionにとって大きなメリットだった。その上で、スタートアップ支援プログラムなら相当規模の計算も無償で行える。

 共同研究先の大学などにお願いして計算資源を使わせてもらう状況では、少し材質を変えたらどうなるかなどの試行錯誤を、柔軟かつ迅速に行うのは難しかった。AWSなら使いたいタイミングで利用でき、処理時間も大幅に短縮される。「2034年の実用炉の開発ターゲットにもダイレクトに貢献できるポイントです」と中村氏は言う。

 中村氏がAWSの環境を整えシミュレーションできるようにするには、苦労もあった。本業の研究開発を進めながら環境構築を行ったため時間がかかったのだ。特にParallelClusterはユーザーも多くないため、公開情報も少なく環境構築には苦労した。これまではAWSの支援などを受けながら内製で進めてきたが、今後、セキュリティの強化などは適宜外部の力も借りる予定だ。

IT技術とクラウドがシミュレーションを大幅に効率化

 Helical Fusion チーフリサーチャーの金田健一氏が開発しているのは、ジャイロトロンだ。これは、核融合反応を起こすために電磁波を使いプラズマを高温に加熱する際に必要な、200GHz(ギガヘルツ)以上(電子レンジは2.4GHzくらいなので100倍程)の周波数を発生させる真空管デバイスだ。

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Helical Fusion チーフリサーチャー 金田健一氏

 この設計には、三次元モデリングが行える電磁波解析ソフトウェアのCTSを利用する。このソフトウェアは、最近の高性能なPCであれば動くが、計算にはそれなりの時間がかかる。金田氏が利用している4コアCPUのノートPCでは、8時間ほどかかる処理もある。これを最新のGPU搭載のマシンで処理すれば30分ほどで終了する。しかしそのようなマシンは価格が数百万円程で、消費電力も高く、自宅に設置するのは現実的ではない。

 Helical Fusionでは、CSTを使った計算にもAWSを利用した。Amazon EC2のNVIDIA GPUベースのインスタンス「g5.2xlarge」を使えば、数百万円のマシンと同等の計算性能が得られる。「それが1時間あたり2.1ドルで使え、24時間計算しても月額23万円程度で済みます。家の電気代もかからず、音も熱も問題ありません」と金田氏。より高性能なGPUインスタンスを利用すれば、さらに処理は高速化する。「GPUは次々に高性能なものが出ますが、AWSならそのたびにマシンを買い換える必要もありません」と言う。

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マシンの違いによる計算時間の比較

 処理に8時間もかかっていた頃とは、金田氏の仕事の進め方は変わり、精度も格段に上がっている。シミュレーションが高度化することで、実機を作り、実験し、調整を繰り返す作業が大幅に削減される。IT技術の進化、柔軟で安価なクラウドインフラの利用が、夢の技術だった核融合発電を大きく前進させているのだ。起業3年目の若い会社が、核融合炉構築のプロセスを進められるのも、ITやクラウドの力があってのことだ。実際の核融合炉の実現には、もちろん大規模な実験装置も不可欠だ。リアルな実験装置とデジタルなIT技術が相まって、2034年の実用化がさらに前倒しされる未来に期待したい。