学生、保護者、コーチ、教師、管理部門など、多様な関係者が日々関わる学校では、体験の質を高める取り組みが教育の価値だけでなく、学校経営にも直結する。米国のスポーツ教育機関IMG Academyは、学生・保護者の顧客体験(CX)と、コーチや教師を含む従業員の従業員体験(EX)を並行して改善し、2年間で学生NPS(Net Promoter Score、推奨意向を通じて信頼や愛着を把握する指標)を13ポイント、保護者NPSを29ポイント、従業員NPSを19ポイント向上させた。目指したのは、調査で声を集めるだけで終わらせず、現場が課題を理解し、改善し、その成果を次の行動へ生かす循環を定着させることだ。なぜCXとEXを切り離さず、組織横断で扱う必要があるのか。Qualtricsのイベントで、IMG Academyのエクスペリエンス・プロダクトイノベーション担当バイスプレジデント、ローレン・バークル氏に聞いた。
IMG Academyは、米国フロリダ州に拠点を置くスポーツ教育機関だ。テニスの錦織圭選手を輩出したことでも知られ、600エーカー(約2.4平方キロメートル)を超えるキャンパスに、世界60カ国から約1700人の学生が集う。寄宿学校事業に加え、短期キャンプも年間を通じて運営している。
学生・保護者、コーチ、教師、管理部門など、多くの関係者が関わるIMG Academyでは、職種によって文化や評価軸が異なる。競技の成果を求めるコーチと教育を担う教師の連携に加え、高額な学費を支払う保護者の期待にも応える必要がある。このため、学生・保護者の信頼と満足を高めるCXと、コーチ・教師の定着を促すEXを切り離さずに改善することが重要だった。
IMG AcademyがCX・EX(顧客体験・従業員体験)のプログラムづくりに着手したのは、新CEOの就任を機に経営理念を見直したことがきっかけだった。理念の再定義を進める中で同校は、学生・保護者とコーチ・教師の双方により良い体験を提供することを、事業の持続的な成長に不可欠な取り組みと位置付けた。バークル氏によると、寄宿学校とキャンプの双方で、学生・保護者から継続的に支持を得ることと、コーチや教師をはじめとする従業員の定着率を高めることが課題になっていた。
その実現に向けてCX・EXを改善するには、まず調査とフィードバックの仕組みを見直す必要があった。学生・保護者への調査は学年末やキャンプシーズンの終了時に限られ、結果はスコアカードとしてコーチや教師個人に送られていた。バークル氏は、「レポートカードやスコアカードが届くと、コーチや教師など、フィードバックを受け取る側は、自分への批判だと受け止め、身構えていました」と、当時を振り返る。
同校ではコーチや教師を「チームメンバー」と呼ぶ。バークル氏らが目指したのは、チームメンバーがフィードバックを個人への批判ではなく、改善のための「贈り物」と受け止める組織だ。
Qualtricsへの移行に合わせ、同校はコーチや教師を含む200人超のチームメンバーが、学生・保護者調査で得たフィードバックをまとめたCXのダッシュボードやレポートを直接確認できるようにした。調査設計も各部署と進め、現場が本当に知りたいことや、現場で使いやすい言葉を調査票に反映した。
「今では、あらゆる部署から『これについて調査できないか』と聞かれるようになりました。調査を担うチームのリソースが足りなくなるほどです」。バークル氏は、各部署が学生・保護者のフィードバックを踏まえ、新たな調査を求めるようになったと話す。
バークル氏がCX部門の立ち上げに着手した時点で、コンサルティングチームの推薦により、すでに別のプラットフォームが導入されていた。しかし、導入から約3カ月で、現場が自ら調査を運用するには適さないことが分かったという。
「すべての調査を外部業者に委託していました。内製化してコストを抑えようとしたものの、社内のスタッフが自ら調査を組み立てるには、操作が複雑すぎました」(バークル氏)
旧プラットフォームは契約満了まで利用し、その後、新たな基盤を選び直すことにした。求めたのは、調査を社内で設計・実施し、改善に生かせることに加え、分析から得た示唆を活用し、将来的にCXとEXを結び付けられる仕組みだった。
ただし、旧契約の満了が迫っており、詳細な要件を示して複数のベンダーから提案を募る提案依頼(RFP)プロセスを進める時間はなかった。そこでバークル氏は、市場を調べ、業界の知人にも意見を聞いた上で、体験管理プラットフォームの有力ベンダーであるQualtricsとMedalliaなど3社を比較した。比較では、社内で調査を運用できる柔軟性と、将来的にCXとEXのデータをつなげて活用できる拡張性を重視した。これらの条件に最も合致したQualtricsを選び、旧契約の満了後に移行した。
Qualtricsへの移行とCX・EXプログラムの立ち上げを担う社内チームは、バークル氏とリサーチ・インサイト戦略担当者の2人だった。チームにはプラットフォーム導入の経験がなく、切り替え期限も迫っていた。限られた人数と期間で移行を進めるため、同校は既存の調査を一度に置き換えるのではなく、事業上の優先度が高いCX管理の仕組みから段階的に再構築した。現場と調査設計を共同で進め、利用者が必要とするダッシュボードを先に整えた。その作業と並行してEX管理の準備を進め、CX基盤の再構築を終えた翌日には、EX管理の立ち上げに着手した。
IMG Academyでは、学生・保護者・スタッフから年間1万2500件を超える回答を集め、対象や目的に応じてCX・EXの調査を設計している。CXでは、学生と保護者を対象に年4回実施する基幹調査を軸に、イベント時の随時調査や、新たなサービス・施策の導入前に意見を募るプレ調査を組み合わせる。
学生と保護者では、満足度を左右する要因が異なる。「学生は、競技と学業を両立する厳しい日程の中で、日常のマンネリや寄宿生活の制約を感じることがあります。一方で保護者は、大学進学への進捗や、子どもの健康・ケアの状況といった成果を重視します」と、バークル氏は説明する。
同校の分析では、16歳前後から、次年度も在籍を続けるかどうかに学生本人の意思がより強く反映される。米国では高校後半に差しかかり、卒業後の進学先や競技キャリアを具体的に意識し始める時期でもある。こうした年齢や在籍段階による意識の違いを踏まえ、同校は新入生と継続在籍者でコミュニケーションを分け、満足度が低い傾向にある継続在籍者向けのプログラムも改善している。
また、回答者の負担を抑えながら回答の質を高めるため、質問の長さや表現をA/Bテストで調整した。Qualtricsで調査の開始数・完了数、設問ごとの離脱状況を確認し、学生向けの質問は短くし、保護者向けとは言葉遣いを変えるなど、回答を得やすい設計を探った。
自由記述では、回答内容に応じて追加質問を示すQualtricsのAI機能「対話型フィードバック(Conversational Feedback)」も活用する。例えば「素晴らしい」といった短い回答には、「もう少し詳しく教えていただけますか」と問い返して背景を掘り下げる。「その場で、より実践的なインサイトを得られる」とバークル氏は評価する。
従業員向けの調査は、入社・オンボーディングから退職・オフボーディングまでを対象とする。秋のエンゲージメント調査、重点課題を追う春のパルス調査、イベントや特定プログラムに合わせた随時調査を組み合わせ、部署、職種、勤続年数などから定着を妨げる要因を分析している。
約1200人の従業員のうち、コーチは約300人、教師と学生生活担当スタッフは各約120人。職種ごとに担当する学生や業務が異なり、必要なデータも一様ではない。
「10年生の女子サッカーチームを担当するコーチもいれば、高い競技レベルでフットボールに取り組む学生を指導するコーチ、9年生が生活する寮のフロア担当者もいます。担当する学生や業務が違えば、必要な情報も異なります。各自が自分に関係するデータへ直接アクセスできるようにしたことで、プラットフォーム内を探し回らずに済むようになりました」(バークル氏)
人材育成に関するスコアの低さを受け、L&D(ラーニング&ディベロップメント)担当のディレクターは新たな研修を立ち上げ、全マネージャーに受講を義務付けた。研修後は受講者だけを対象に調査し、6カ月後にも学んだ内容の定着度を確認する。その結果を、次の受講グループへ展開するかどうかの判断に活用している。
Qualtricsの導入後、IMG Academyは調査結果を個別のフォローや組織の改善行動につなげる仕組みを整えた。その一つが、学生・保護者の再登録を後押しする取り組みだ。
同校は毎年12月の基幹調査で、学生と保護者に再登録の意向を「はい」「いいえ」「まだ分からない」の3択で尋ねる。両者の回答をひも付け、意向の一致・不一致を個別に確認する。
「個人レベルまで掘り下げ、保護者と学生の意見がどこで一致し、どこで分かれたか、迷っている場合にはどのような課題があり得るかを見ることができるようになりました。特定された問題に基づいて、各部門のリーダーが再登録期間が始まる前に電話をかけてフォローする仕組みを作りました」(バークル氏)
バークル氏は、「私たちはしっかり耳を傾けています。何か困っていることがあれば、力になりたい」という姿勢を、相手に負担を感じさせずに伝えられると話す。当初「まだ分からない」または「いいえ」と答えた学生・保護者については、フォロー後の再登録率も追跡できるようになった。
EXでは、約500人の管理職がチームの調査結果をダッシュボードで確認し、1カ月以内に改善計画を作成する。人事担当者がその実行を支援し、3カ月後に進捗を確認する。CXでは、カスタマージャーニーマップやワークショップ、改善施策を管理するバックログを組み合わせ、調査のたびに施策の実現可能性と効果を見直して優先順位を付け直す。
経営陣は、調査データを基に組織全体で取り組む重点テーマを2〜3件に絞る。直近では、人材育成・能力開発、透明性とコミュニケーションなどを選び、具体的な施策へつなげている。
ただし、調査結果を行動につなげるには、否定的なフィードバックをどう受け止めるかという課題もあった。学生から寄せられる厳しい声は、CX担当チームにとっては比較的分析しやすい。学生を日常的に指導したり、生活を支援したりする立場ではないため、個人への評価ではなく、改善のためのデータとして捉えやすいからだ。
一方、学生と日々接するコーチや教師は、厳しい声を自分への批判と受け止めやすい。バークル氏は、競技経験を持つ人が多いコーチには、成果への強いこだわりも影響すると話す。
「IMG Academyは競争心が極めて強い集団です。ほとんどの人が人生のどこかでスポーツをしてきた人間なので、97人の子どもが『最高の体験だった』と言っても、私たちは否定的な意見を言った3人に目を向けてしまいます」(バークル氏)
同校は、前向きな成果や改善も共有し、厳しい意見だけに目が向かないようにしている。コーチとの対話では、少数の不満をただちにゼロにすることだけを目標にせず、背景と全体傾向を踏まえて改善策を考えるという姿勢も共有してきた。
従業員から寄せられた厳しい声にも、組織として向き合う。調査後、経営陣はすべての自由記述コメントを印刷し、会議の冒頭30分をその黙読にあてる。同校では、Amazonの会議運営にならったこの手法を「Amazon方式」と呼ぶ。個々のリーダーが一人で結果を受け止めるのではなく、全員が同じ内容を読んだ上で議論を始めることで、共通の認識をつくる狙いだ。
こうして得た声を次の改善につなげるため、同校は「evolve and grow(進化し、成長する)」という文化を掲げる。同時に、改善によって得られた成果を組織で認め、祝うことも重視している。取り組みを束ねる共通言語が「Mission UCX」だ。UCXは「Unrivaled Campus Experience(比類ないキャンパス体験)」の略で、学生・保護者、そしてチームメンバーにとっての体験を継続的に高める考え方を表す。
CX・EXの取り組みを進めた2年間で、関連する指標にも改善が表れた。従業員NPSは19ポイント、従業員エンゲージメントは18ポイント上昇した。学生・保護者の評価も改善し、学生NPSは13ポイント、保護者NPSは29ポイント上昇した。
再登録を巡る直近の動きとして、申込数は前年同期を117件上回った。中期的に見ると、再登録率は数年前の78%から上昇し、80%を超える見通しだ。掲げていた学生の再登録率3ポイント向上の目標も、達成が視野に入った。
次の段階は、これまで別々に運用してきたCXとEXのデータを統合し、各種データの関係を横断的に分析することだ。従業員ライフサイクルで最後に残っていた退職時調査が整備され、採用から退職までのEXデータがそろったことで、CXとの統合分析を進めるための基盤が整った。
「例えば、サッカーコーチのエンゲージメントスコアが上がり、その定着率も上がったことは、手作業でも確認できます。でも、それが本当に相関しているのかを示す仕組みが欲しい」(バークル氏)
もう一つの重点課題は、アンケートで得る主観データと、業務で蓄積される客観データを結び付けることだ。同校の分析では、試合の出場時間が学生・保護者の再登録意向を左右する重要な要因の一つであることが分かった。そこで、学生情報システム「Blackbaud」やアスリート管理システム「Teamworks」、Qualtricsで得られるデータを連携させ、学生ごとの満足度と出場時間などの実績を横断的に把握できる仕組みの構築を目指している。
バークル氏は、これからCX・EXに取り組む組織への助言として三つの点を挙げる。第一に、継続率やブランドロイヤルティへの影響を示して経営陣の支持を得ること。第二に、他社の枠組みをそのまま持ち込まず、自分たちの言葉や運用に置き換えること。第三に、変革を後押しする社内の推進役、いわゆる「チャンピオン」を見つけることだ。
「小さなチームでここまで成し遂げられたのは、より良くしたいという思いを持つ適切な人材を見つけ、関係と信頼を築くことに時間をかけてきたからです」(バークル氏)