J1を連覇したヴィッセル神戸、チームを陰から支えるデータ戦略

2025年2月21日16:19|インサイト末岡 洋子
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 楽天ヴィッセル神戸は2024年12月、2024明治安田J1リーグで優勝、日本のプロサッカーリーグの頂点に立った。2023年に設立28年目にして手に入れた悲願のJ1リーグ優勝に続く連覇であり、同年11月の天皇杯全日本選手権との二冠達成という快挙となった。

 ヴィッセル神戸は、ここに至るまでにJ2降格を二度経験したこともあり、「継続的に勝てるチーム」を目標に強化してきた。強化策の一つにデータ活用がある。楽天ヴィッセル神戸でデータプラットフォーム部 部長 兼 データマネジメント&プラットフォームグループ マネージャーを務める饗場 雄太氏に話を聞いた。

チーム運用の基盤のためにデータを

 ヴィッセル神戸は1991年のJリーグ発足から4年後に誕生した。阪神淡路大震災と同じ年であり、2025年に設立30年目を迎える。チームの歴史における節目の一つが、2014年の楽天グループによる経営権の取得だ。これを機に運営基盤を強化し、2019年に天皇杯優勝。クラブ初のタイトル獲得となった。

 データ活用に取り組み始めたのもそのころだ。当時は、事業側とチーム側の両方に、変化や課題があった。事業側ではアンドレス・イニエスタ選手、ルーカス・ポドルスキ選手など人気選手が集まったこともあり、ビジネスが急拡大した。入場料の収入だけを見ても、2017年から2019年で145.1%も増加している。

 チーム側では、成績が2016年の7位が最高で、あまり振るわない状況が続いていた。また、監督、コーチ、選手に人材の入れ替わりも激しく、「各自が独自のアプローチ、基準、視点をチームに持ち込むため、意思決定が経験に左右されがちだった」と饗場氏は振り返る。

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楽天ヴィッセル神戸 データプラットフォーム部 部長 饗場 雄太氏

 たとえば、「上位チームとの差は何か」「なぜ中位に留まっているのか」「勝てなかった理由は何か」といったことは、継続的な視点を持ちさまざまな資産を蓄積することで見えてくるはじだ。しかし、そのための「積み上げてきたものがない」と気付かされた。そのような状況の中、オーナーである三木谷浩史氏(楽天グループ創業者 兼 代表取締役会長 兼 社長)の意向もあり、データドリブンに舵を切ることとなる。

「いつ」「どのようなデータを」「どのくらい」見せるのか

 チームには監督、コーチ、フィジカルコーチ、メディカルトレーナー、栄養士、スカウトなど多様な役割のスタッフがおり、それぞれの立場から選手を支えている。また、アカデミーとして育成部門もある。これらスタッフにデータを活用してもらうことを目標に、データ分析チームを作り、データドリブンの取り組みがスタートする。

 しかしこの取り組みは「難しいことしかなかった」と、饗場氏は振り返りながら苦笑する。データ分析チームではまず、データの収集からスタートした。「クラブの資産として蓄積するデータを我々が一元管理すると決めたものの、どのようなデータが必要かわからなかった」と言う。饗場氏をはじめ、分析チームは皆サッカーチームの運営に携わったことはなく、その面では「素人」だった。情報を整理してデータ収集の要件を定義するために、まずはサッカーにどんなデータがあり、本質的に一番必要なデータは何かを知るところから始めなければならなかった。

 また、監督やコーチのデータへの関心度合いも異なっていた。「監督によってデータが好きな人もいれば、興味がない人もいる。それぞれの個性を理解することも重要だった」と饗場氏は言う。

 本質的なデータを知るために分析チームがやったことは、「現場を知る」だった。分析は通常オフィスのデスクに向かい行う仕事で、データを使って欲しい人たちはピッチにいる。この距離を埋めるために、分析チームから1人がピッチに出て、監督やコーチに張り付きどんな情報を必要としているか、どんな情報が役に立つかといったニーズを探ることにした。

 このような動き方となった理由には、分析チームを独立した立場と位置付けたことがある。これにより、組織横断的にデータ活用をサポートしようとしたのだ。「データ活用は現場にとって新しいやり方。これを取り入れてもらうために、分析チームが現場の近くに行き改善できる点を考え、一緒に運用を組み立てる。それが、現場でデータを活用しようとの機運につながっていく」と饗場氏は狙いを説明する。

 チームの運用に入り込んでデータを貯めるところからスタートした結果、次第にチームの運用が理解できるようになった。だが、次の課題が待っていた。データを収集してそれを見せても、現場の反応は薄かったのだ。監督やコーチに、いつ、どのようなデータを、どのぐらい、どのようにして見せると活用してくれるかに頭を悩ませることとなる。

 この課題を解決するのに活用したのが、楽天が全社導入しており、饗場氏らにも既に馴染みがあったデータ活用プラットフォームの「Domo」だった。「Domoは楽天やチーム内にあるさまざまなデータソースと簡単に連携できる」と饗場氏。内部の仕組みに加え、リーグで使用するステムもあり、それらとの繋ぎも簡単に行える点を評価した。

 また、現場はサッカーのプロであり、データのプロではない。そのため複雑な見せ方をするのではなく、シンプルさを心掛けた。これには容易にダッシュボードが作成できるDomoの特徴が生きた。「伝えたいデータがあれば、複雑なグラフを見せるより、結果だけを見せる」といった工夫も重ねた。ダッシュボードは監督、コーチ、フィジカルコーチ、分析チームなど、役割に応じて使い分けている。対象により、グラフで見せる代わりに言語化し結果だけを提供することもある。

 Domoのもう一つの評価ポイントがモバイル対応だ。現場にいる監督やコーチに分析担当が、モバイル端末を使いデータを見せたり、移動の多いスカウト担当がモバイル端末からアクセスできたりする点は使い勝手を向上させている。チームの運用でどのような課題があり、その課題をどうやってデータを使い改善できるのかの改善サイクルを作り、データの可視化を進めるまでに3年程の時間を要したと饗場氏は振り返る。

チーム強化、怪我予防・リハビリ、スカウトなどがデータ活用

 現在、饗場氏らデータ分析担当では、外部プロバイダーから詳細な試合分析データ、ボールを持っていないオフ・ザ・ボールの動きとなど試合データ、選手にGPSを装着して得られるスプリント距離などのトレーニングデータ、身体組成データなどを収集して蓄積している。

 たとえば2022年シーズンに、ヴィッセル神戸は13位に終わった。1位の横浜F・マリノス、2位の川崎フロンターレの得点数はそれぞれ70点、65点だったが、ヴィッセル神戸は35点しかなかった。この得点力不足の問題に対し、分析チームでは得点パターン、攻撃開始位置、攻撃時間、試合展開などのデータを見ながら課題を特定していった。出てきた課題に対する改善のポテンシャルを試算し、優先順位をつけ伸び代が高いものをチームに提示した。

 他には、選手の身体組成データを活用し、コンディションやパフォーマンス管理の維持、強化も図っている。過去の怪我の状況、練習や試合の負荷状況、走行距離などのデータは各選手により異なる。それぞれ閾値を設け、それを超えたり、下回ったりしていないかをチェックできるようにしている。これらの取り組みは、選手の怪我予防に役立っている。

 選手獲得でも、以前はスカウトの目に頼っていたが、外部データを利用して国内外の選手の分析を行っている。「定量的なデータで評価できるようになり、データで選手発掘の網を広げられた」「リソースは有限なので、最大限の効率が出るようにしたい」と饗場氏は言う。

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ダッシュボードの例、チーム側が用意するダッシュボードの数は約830に及ぶ
(図はDome提供)

最後は人、データの役割はあくまでもサポート

 2024年末の二連覇は、データ活用が奏功したと言いたいところだが、「データが貢献したかと言うとそうではないと思っている。サッカーは複雑性の高いスポーツで、最後はやはり人」と饗場氏、「二連覇は99.9%が選手、監督、コーチらの頑張り」と言い切る。データ分析の役割は、強い組織、継続的に勝てるチーム作りのあくまでもサポートだと言う。

 その意識で続けてきたこともあり、現在では戦術を決めるミーティングでもタイミングよくデータを「素材」として提供したり、場合によっては「データに基づく提案」をしたりができるようになった。

 データ活用の一定の成果を感じたこともあり、次はアカデミーにも適用範囲を拡大したいと考えている。さらに今後は、毎年増えている試合数に対し、怪我を減らし選手の稼働率を上げていくためにデータで支えるのが当面の目標だ。これらに対し、生成AIの活用も模索している。

 また、イニエスタ選手はもちろん、大迫勇也選手、2024JリーグMVPを受賞した武藤嘉紀選手、酒井高徳選手など、名選手の身体組成やパフォーマンスについてのデータ活用も考えている。彼らが残してくれるデータは、若い選手のお手本になるはずだ。「彼らがいなくなった後の世界を見据えて、残してくれたデータ資産をきちんとプロファイリングし、ベンチマークとして活用していきたい」と展望を語る。饗場氏はデータの限界も認めており、「現場の目は確かでありデータでは語れないものもある」と話す。ヴィッセル神戸での、人の経験や知見とデータのバランスをとれた施策の模索が続く。


Vissel Kobe, a Japanese soccer team, has been using data to improve its performance since around 2014. The team's data analysis team collects data from various sources, including detailed match analysis data, training data, and body composition data. They then use this data to identify areas where the team can improve, such as scoring patterns, starting position of attacks, attack time, and game development. The team also uses data to help prevent injuries by setting thresholds for each player based on their past injury history, practice and match load, and running distance. In addition, the team uses data to help with player acquisition by analyzing players from all over the world. The team is still in the early stages of using data, but they believe that it is a valuable tool that can help them to improve their performance. They are also exploring the use of generative AI to further improve their data analysis.