自転車需要が拡大する状況で、トレック・ジャパンは顧客とのコミュニケーションを強化するため、LINE公式アカウントを活用したオムニチャネル戦略を推進している。メールマガジンに代わる情報発信を行い、オンラインと店舗を連携した顧客体験の向上、さらにはイベントでの試乗予約など、多岐にわたる施策を展開。LINEを単なるコミュニケーションツールとしてではなく、顧客行動を促す仕組みと連携させることで、ビジネスに貢献できるツールへと進化させた。
トレック(TREK)は、米国を代表する自転車メーカーだ。同社の自転車はツールドフランスなど世界最高峰のレースでも数多く利用されている。プロが利用する高性能なロードバイクはもちろん、マウンテンバイク、クロスバイク、e-bike(電動アシスト自転車)、キッズバイクなど幅広い車種を展開している。
日本でトレックの自転車と関連製品の輸入、販売を手がけるトレック・ジャパンは1991年に設立。既に30年以上国内でビジネスを展開している。自転車の利用はヨーロッパで盛んとのイメージもあるが、「日常の足としては、日本は自転車大国です」と話すのは、トレック・ジャパン eコマース マネージャーの西村敏行氏だ。日本では小学校1年生くらいから自転車の乗り方を覚え、多くの人が自転車を日常の足として利用している。
最近の自転車を取り巻く状況として、2020年から2021年にかけて需要が大きく伸びた。これはコロナ禍の密を避ける行動に、自転車が適していたからだ。このような市場の追い風をきっかけに自転車を購入し利用を始めた人にファンになってもらい、使い続けてもらうことが重要だと西村氏はいう。
コロナ禍においてトレックでは、スポーツバイクと日常の足の中間に位置するエントリーモデルのクロスバイクのような車種が多く買われた。トレックとしては、そこからアップセルにつなげ、ユーザーのLTV(ライフタイムバリュー)を上げたいと考えていた。
トレック・ジャパンには、直営店が全国に30店舗ある。この店舗ネットワークを生かし、イベントなども開催してファンを増やし、自転車を乗り続けてもらう。それにより、日本でのサイクリング文化の普及と定着を図ろうとしている。
そのためにトレック・ジャパンは、ECサイトも活用したオムニチャネルでの顧客アプローチを強化している。従来、オンラインで購入された自転車は、顧客の最寄り店舗に送り、そこで組み立てて調整し引き渡していたが、2024年12月からは組み立て済みの車体を直接自宅に配送できるサービスを開始した。
オンライン購入では、多くの場合ハンドルやペダルなどを自分で調整して組み立てる必要がある。「トレックでは完全組み立ての状態で配送します。引っ越しサービスを活用し段ボールにも入れずに送るので、届けばすぐに乗ることができます」と西村氏。受け取った後は、直営店、全国200店舗以上ある販売店を通じてアフターサービスを受けられる。
このようにオンライン販売の利便性を向上させ、店舗と連携するオムニチャネルも強化しているが、自転車は商品単価も高く、オンラインで気軽に購入しやすい商品ではない。特に初めての購入となれば、適切なモデルを選ぶのはオンラインだけでは難しい。そのためトレック・ジャパンでは、Zoomのようなオンライン会議の仕組みなども活用して、オンライン接客なども模索している。
トレック・ジャパンでは、自転車の需要が伸びる中、顧客とのコミュニケーションをさらに強化したいと考えていた。以前からメールマガジンによるユーザーへの情報発信は行ってはいたが、開封率がなかなか上がらない課題があった。また、顧客の情報は管理していたが、店舗の会員カードのような仕組みはなかった。
ユーザーとのより密なコミュニケーションを実現するために「日本の人口の8割が利用しているLINEを主軸にしようと考えました」と言うのは、トレック・ジャパン マーケティング/デジタルマーケティングの石橋未央氏だ。店舗の会員カードだと、対象は直営店だけになる。LINEであれば、販売店経由の顧客と直接つながれるのもメリットだった。
トレック・ジャパンでは、2021年10月からLINEの本格的な利用を開始した。まずは既存のメールマガジン購読者に案内を送付するところから始めた。「トレックの自転車に乗っているユーザーに周知し、お友だちになってもらうところから始めました」と石橋氏。その後も公式SNSでの告知や店舗での登録キャンペーンなどを実施し、順調に友だち登録は伸びた。
LINEの公式アカウントを始める際に、顧客管理の効率化やパーソナライズされたコミュニケーションのためにも、LINEのAPIツールは導入したいと考えていたという。「公式アカウントの機能だけでは、直営店の予約システムや会員証など、やりたいことが実現できません」と石橋氏。そのためにいくつかの会社からLINE APIツールを提案してもらった。しかし当時は、LINE APIツールが市場に出始めた黎明期でもあり、各社のツールに大きな違いは見出せなかったと振り返る。
提案の中からトレック・ジャパンは、MicoworksのMicoCloudを採用した。Micoworks担当者の対応の良さ、運用サポートの内容、さらには「LINE活用の実績や知見があり安心感がありました」と石橋氏は説明する。特にこれから公式アカウントを作成し活用していく際に、具体的にどのようなスケジュールで進めれば良いかを提示してくれ、それを一緒に進めようとの姿勢が見て取れたことが採用の決め手になったという。
友だち登録後には、アンケートを取り、個々のユーザーの興味などを把握。それに応じてセグメント化し、発信する情報を最適化している。LINEの公式アカウントの活用を始めて、すぐにLINEの効果は実感できた。メールマガジンの開封率は下降傾向にあったが、LINEは開封率が3倍ほど高かった。また、情報の中のリンクのクリック率も約5倍になった。
MicoCloudを使い、ユーザー向けにさまざまな機能も開発した。その一つにメンテナンスリマインダー機能がある。所有する自転車のメンテナンス時期を、ユーザーごとに通知するものだ。さらに店舗でのメンテナンスの予約などもLINEからできるようにしている。
LINEをきっかけにユーザーとコミュニケーションをとり、そこから店舗にも来店してもらい、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションに発展させる。ユーザーが来店してくれれば、そこからアップセル、クロスセルも期待できる。そのために、メンテナンスなどをきっかけに店舗に一度でも来てもらう。「それをLINEでどう実現すれば良いかを、Micoworksは一緒に解決しようとしてくれました」と西村氏も評価する。
LINEの公式アカウントの活用は、本来目的ベースで進めるべきだ。目的に対し、LINEでどのようにそれを実現するかを考える。しかし「セオリーとしては目的から出発してツールを探すべきですが、最新ツールの機能を自社のビジネスにどう活用するかを考えることも時には必要です」と西村氏は強調する。MicoworksのようなLINEの専門家と接することで、ツールの活用情報を得て、そこから自分たちのビジネスに有効なアイデアが出てくる。
本来はトレックの自転車をユーザーに乗り続けてもらい、適宜アップセルやクロスセルにつなげるのが目的だ。一方でメンテナンスをしないと自転車はどんどん乗り難くなり、ユーザーの自転車離れにもつながりかねない。ユーザーにしっかりメンテナンスしてもらうために、LINEで何ができるかを考えた。結果的にそれが、メンテナンスのリマインダー機能となり、来店を促しユーザーに乗り続けてもらう本来の目的にもつながった。
一連の取り組みの中で、ユーザーに来店してもらうにはどうしたら良いかを検討する段階から、Micoworksに相談し、一緒に考え開発した結果、メンテナンスリマインダー機能が実現したのだ。LINEを活用するマーケティング活動の知見があり、実績があるMicoworksを選んだことで、このようなアプローチができたと石橋氏はいう。
トレック・ジャパンでは、「CYCLE MODE OSAKA 2023」に出展した際も、LINE公式アカウントを活用し、試乗予約の仕組みを構築、活用した。以前は予約の仕組みがなく、人気バイクの試乗希望者が長時間待たされる状況も発生していた。「3月上旬のかなり寒い中、30分から1時間ぐらい待っていただくこととなり、顧客のモチベーション低下にもつながり、なんとか待ち時間を解消したかった」と石橋氏。そこで2023年のイベントでは、LINEで顧客が都合の良い時間を選べるようにし、試乗までの待ち時間の大幅な削減に成功した。
試乗車は複数のモデルがあり、車体サイズも8~9種類ある。その予約の仕組みも、MicoCloudを使い、LINEで容易に実現できたという。このLINEの試乗予約の仕組みは、ユーザーからもかなり好評だった。
高性能なモデルの試乗を希望する人は、顧客ロイヤリティも高いと考えられる。イベントでの予約をきっかけにLINEで友だちになってもらい、そこから継続的なコミュニケーションをとることが可能となり、イベント後に来店してもらい商談にもつながっている。「イベントでの予約で終わるのではなく、LINEで来店、購入にまでつなげることができました」と石橋氏は説明する。
LINEを一つの顧客接点と捉え、コミュニケーションツールとして使うだけでなく、顧客の行動を促す仕組みと連携させる。それによりビジネスに役立つツールにできる。「本当にアイデア次第です。ユーザーが入力した情報に応じ、フローチャートのようなものが決まっているならば、チャットボットを使いプロセスに落とし込むことも容易にできます」と西村氏。ツールの機能も重要だが、LINEを通じてアイデアをどのように実現できるかが鍵となる。そのための機能があり、実現するための知見、ノウハウがあることが重要だと改めて強調する。
今後は、オンライン経由でバイクを購入する顧客も増えるだろう。それでも、店舗に来てもらい、スタッフとつながってもらうことで自転車ユーザーのモチベーションを上げ、アップセル、クロスセルにつなげることも不可能ではない。スタッフがそうした提案をしやすいように、LINEをさらに活用したいと同社は考えている。西村氏は「基幹システムで管理する顧客情報、購買履歴、LINEでの行動履歴のようなデータを一気通貫で見られるのが理想です」として、MicoCloudの連携性向上に期待しているという。