NPBエンタープライズ、ソニー、Google Cloudは、プロ野球の全試合・全プレーの詳細なデータの可視化とコンテンツ化を推進し、野球の魅力をこれまで以上に深く多角的に伝える仕組みを構築した。8月6日、3社が共同で発表した。
今回のデータ活用プロジェクトは、現代野球におけるデータ重視の流れに呼応し始まった。NPBエンタープライズの執行役員デジタル事業部長 丹羽大介氏は、MLBで活躍する日本人選手を通じ、打球速度や変化量といったデータが注目されていると指摘する。「こうした数字によって、より選手の凄さがファンに伝わると同時に、他選手との過去との比較など新しい楽しみ方もできる」と感じていた。また、チーム側もデータ活用を通じ選手の育成や強化を進めており、 丹羽氏は、日本のプロ野球界全体が「データ活用の新しい時代」を迎えると認識していた。
従来のプロ野球界では、各球団が独自にデータを取得し、試合分析や育成強化を行う「個別利用」が主流だった。そこでNPBエンタープライズは「データで選手の凄さ、プロ野球の凄さを伝える」とのビジョンを掲げ、状況の変革に乗り出した。このビジョン実現のために、全12球団のデータを一括管理する「データ・マネジメント・プラットフォーム(DMP)」と「コンテンツ・マネジメント・システム(CMS)」の構築に着手した。これにより、各球団の運用効率化と、ファンへの新たな価値提供を目指すこととなった。
特に、ファンにプレーデータを通じて「新たな野球体験を届けたい」との強い思いがあった。この目標達成のため、打球速度やボールの変化量といったデータをほぼリアルタイムで可視化し、自動でCGコンテンツなどを生成するシステムの構築を進めた。このシステムにより生成されたコンテンツは、球場ビジョンや球団のSNS、放送などにも利用され、これまでにない新しい野球体験の提供が可能となっている。
本プロジェクトのきっかけは、2024年シーズンまでにプロ野球全12球団の本拠地球場へ「ホークアイ」の導入が完了したことだ。これにより、これまで各球団でバラバラだったデータが統一的に取得できるようになり、このデータを使ったプロ野球の新しい楽しみ方についての議論が2023年頃から活発化、今回の取り組みへとつながった。
NPBエンタープライズがこの大規模なデータ活用プロジェクトにおいてソニーとGoogle Cloudをパートナーとして選定した背景には、両社の持つ強みがあった。
ソニー傘下のホークアイは、サッカーのVARなど25以上の競技で審判支援サービスを提供し、公平な競技運営を支える実績を持つ。そのトラッキング技術は選手やボールの動きを高精度にデータ化し、審判判定から選手の育成まで幅広く活用されている。
プロ野球では、ホークアイから得られる投球、打球、選手のモーションなど膨大なトラッキングデータを活用するために、DMPとCMSを開発した。これにより、投手や打者の詳細なデータをリアルタイムで可視化し、高品質なコンテンツ制作が可能となった。ソニー 執行役員 平位 文淳氏は、「このデータを見える化することにより、これまで見られなかったデータ、角度、視点から、プロ野球選手の凄さを伝えるコンテンツを提供している」と述べ、同社のビジュアライゼーション技術が新しい観戦体験を可能にすると強調する。
また、今回の仕組みの基盤としてGoogle Cloudが選ばれた主な理由は三点に集約される。第一に、MLB(メジャーリーグベースボール)での実績だ。Google CloudはすでにMLBのパートナーとして、ホークアイが取得する膨大なデータを瞬時に分析し、選手、コーチ、解説者、そしてファンにリアルタイムで情報提供するシステムの基盤を構築・運用している。丹羽氏は、この大リーグMLBでの実績がGoogle Cloud選択の決め手となったと説明する。
二つ目の理由が、技術的な優位性だ。ホークアイから得られる膨大なデータの高速処理、試合やプレーのCGコンテンツ化、そして運用コストの最適化を実現できるGoogle Cloudの技術が評価された。特に、プロ野球は試合状況により処理量が大きく変動し、リソースの予測が困難。この課題に対し、Google Cloudのマネージドサービスの柔軟なリソース管理とコスト最適化が評価された。
Google Cloud Japan テクノロジー部門 技術部長安原稔貴氏は、どれくらいのリソースが必要か予測しづらい要件の中、GKE AutopilotとCloud GPUの組み合わせで必要なリソースを自動的に拡張、縮退できることがコストの最適化につながったと説明する。これにより、試合中は潤沢なGPUリソースで大量のコンテンツを生成し、試合のない時間帯はコストを抑制できる。
三つ目の理由が、包括的な協業関係だった。Google Cloudが提供する「Tech Acceleration Program(TAP)」というプログラムを通じて、単なる技術提供にとどまらず、ビジネスの未来を共に創造できる強固なパートナーシップを築けた点が評価された。Google Cloudの各技術領域の専門エンジニアによるサポートで、アーキテクチャ設計や課題のレビューがスムースに進められた。結果として、「自信を持ってGoogle Cloudのソリューションやサービスの選定を進められた」と、ソニーの技術担当者もTAPの有効性を述べている。
今回の仕組みは2025年3月時点でほぼ完成し、Google Cloud上で本格稼働している。これにより、具体的な成果も見え始めている。丹羽氏は、ファンからの反応について「球団の公式SNSなどで非常にいい反応がある」と語る。また、一部の球団や選手からは、自身が投げたボールの変化量が可視化されることで「好評を得ている」とも言う。他にもメディアからの取材やゲームメーカーからのデータに関する問い合わせなども増えており、「前向きな良い反応が起きている」と評価する。
この大規模システムはGoogle Cloudの活用で約1年という短期間で構築され、安定稼働している。GKE AutopilotとCloud GPUの組み合わせにより、試合の有無に応じてリソースを自動で増減させ、「全プレーのCGコンテンツ化」と「コスト最適化」の両立を実現した。
今回のプロジェクトは、プロ野球の楽しみ方をさらに深化させるための出発点に過ぎない。今後は詳細なデータや自動生成されたコンテンツにAPIでどこからでも容易にアクセスできるようになった強みをさらに活かしていく方針だ。
具体的には、既存のSNSや球場ビジョンに加え、放送事業者へのデータ提供や一般消費者向けサービスの展開も計画している。これは、詳細なローデータをそのまま公開するのではなく、ビジュアル化したものを分かりやすく伝える工夫をすることとなる。
今回のような新しいエンターテイメントの開発に伴い、関連する市場が大きくなり新たなビジネスチャンスも生まれるとNPBでは期待を寄せる。「プロ野球の魅力を360度展開で広げていけたら」とも言う。本プロジェクトは単なる技術導入にとどまらず、国民的スポーツであるプロ野球の未来を形作る画期的な取り組みと言えそうだ。