トリドールホールディングス(トリドールHD)は、急速なグローバル展開を推進する上で、基幹システムにNetSuiteを導入し、デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させている。同社の執行役員 CIO兼CTOである磯村康典氏が、7月23日に開催された、NetSuiteの年次イベントの講演で、導入背景、選択理由、導入後の効果、そして今後の展望を語った。
トリドールHDは、丸亀製麺を代表とする20のブランドを擁し、世界30の地域に2000店舗以上を展開している。現在、国内売上の約半分を丸亀製麺が占め、海外事業の売上が全体の4割に達している。このような急速な成長とグローバル化は、従来のシステムでは対応しきれないさまざまな課題を生み出していた。
磯村氏が2019年にCIOに着任しDXを推進し始めた当時、既存のオンプレミス型会計システムは日本企業向けに設計されており、日本の会計基準にしか対応していなかった。既に同社は国際財務報告基準(IFRS)に基づいた連結会計へ移行していたが、従来のシステムは日本の会計基準にしか対応しておらず、IFRSの要件を満たすためには、手作業での膨大な集計・調整作業が必要な状態だった。
さらに、オンプレミスシステム特有の課題として、システムのバージョンアップや法制度改正への対応に際し、都度エンジニアによる手作業での対応が必要だった点も課題だった。また、手作業による仕訳入力も多くの手間を要していた。これらは、ビジネスの変化のスピードが速い飲食業界において、大きな足かせとなっていた。店舗が持つスピード感に対し、本社機能、特にシステムがボトルネックとなっていたと磯村氏は振り返る。
グローバル企業としての高い成長性と収益性を目指す上で、本社業務の効率化は喫緊の課題だった。このような状況を打破し、さらなる成長を続けるためには、根本的なシステム基盤の見直しが不可欠だった。
磯村氏はCIO着任後わずか3ヶ月でNetSuiteの導入を決めている。選択には明確な理由があったとのこと。第一に、「クラウドネイティブな会計システム」を求めていた点が挙げられる。磯村氏がNetSuiteを選定した当時、クラウドネイティブでグローバルに統合されたSaaS会計システムはNetSuite「一択」だったと述べる。
オンプレミスからの脱却は、システムのバージョンアップや法制度改正へのリアルタイムな対応を実現し、エンジニアのリソースを解放するために不可欠。同社は「システムを徹底的に軽くしよう」という方針を掲げ、NetSuiteだけでなく、その他のシステムも原則としてSaaSに移行することで、「システムを持たない」という戦略を採用した。これは、変化に柔軟に対応できる体制を構築するための重要な方針だった。
第二に、IFRSや各国の多様な会計基準に標準で対応している点だ。多くの国産システムでは困難なこの要件こそ、グローバル展開を支える上で不可欠だった。NetSuiteは、このグローバル会計機能において優れていた。
従来の日本の会計システムが経理担当者の「仕訳入力のしやすさ」を重視するのに対し、NetSuiteのようなグローバルERPは「経営者が数字を正しく把握できる機能」に重点を置いていると磯村氏は指摘し、「ERPの選定には経営者目線が重要だと感じている」と語っている。これは、単なる業務効率化に留まらず、経営判断に資するデータ提供を重視するDX推進の姿勢を表している。
NetSuiteの導入は、トリドールHDに具体的な変化と大きな効果をもたらしている。最も顕著な変化の一つが、財務会計システムの統合とプロセスの標準化だ。クラウドベースの統合ソリューションであるNetSuite OneWorldを導入したことで、海外拠点を含む全社の財務データを一元管理し、リアルタイムに可視化する体制が整った。これにより、支払い照合や請求書発行といった業務プロセスもデジタル化が進んだという。
システム基盤が刷新されたことで、新規海外子会社の立ち上げが容易になり、香港などの新市場への迅速な進出が可能になった。また、効率性を保ちながらシステム保守・管理コストを削減できた点も大きなメリットだ。
また、オンプレミスでの運用、管理がなくなったことでシステムが「軽く」なり、ビジネスのスピード感にも対応できるようになった。磯村氏は、「かなり変化に(対応)できるようになった」と、NetSuiteがビジネスの加速を支えていることを強調した。
トリドールHDは、2028年までに世界で4900店舗の展開を目指しており、今後もグローバル事業の拡大を継続していく方針だ。この高い目標達成を支える基盤となるのが、リアルタイムな財務統合と組織全体の可視性をもたらす、単一で拡張性の高いNetSuiteのソリューションだ。
今後のDX戦略において、磯村氏が特に重視しているのがAIの戦略的な活用だ。とはいえ、闇雲なAI導入ではなく、その適用範囲を明確に定めている。トリドールHDのミッションは「お客様に感動体験を提供する」ことであり、この「感動体験」は「人」によってもたらされると考えている。そのため、店舗での調理や接客といった「感動体験」を提供する部分は、今後も人が担当するべき領域とし、デジタルやロボットに置き換えてはならないと考えている。
一方で、それ以外の業務は徹底的にデジタル化・合理化していく。AIの適用範囲は、この「その他」の領域に定めている。具体的な例として磯村氏は、店舗マネジメント業務におけるAI活用を挙げた。たとえば、店長が日々行う売上計画や人員配置、食材発注といったマネジメント業務は、店舗運営に不可欠だが、それ自体が顧客の感動体験を直接生み出すものではない。磯村氏は「こうした業務は自動化できる領域だと捉え、AIによる需要予測や、それに基づいたシフト作成・食材発注の自動化にすでに取り組んでいる」と説明する。
AIによる需要予測は、データが蓄積されるにつれ精度が向上しており、現場の店長たちからも好評を得ている。将来的には、NetSuiteのAI機能も活用し、財務会計に関する正確な情報提供や、サプライチェーンにおける自動発注などへの期待を寄せる。
将来的には、NetSuiteのAI機能を活用して、財務会計の精度向上やサプライチェーンのさらなる自動化を進めることにも期待を寄せている。磯村氏は、NetSuiteが中堅・中小企業向けだけでなく、大企業や同社のような成長企業まで幅広く対応できる拡張性を持つプラットフォームである点を評価しており、今後の機能進化もDX戦略に組み込んでいく考えだ。このようにトリドールHDのNetSuite導入事例は、単なる会計システムの刷新に留まらず、急速なグローバル展開を支える基盤として、そして企業全体のDXを加速させる強力なエンジンとして機能している