日本取引所グループ(JPX)は「グローバルな総合金融・情報プラットフォームの実現」を目標に、AWSの支援のもと、クラウドとAIの積極的な活用を開始している。11月5日、AWSが開催した記者説明会で明らかにした。
この取り組みにより、適時開示情報伝達システムの「TDnet」などの準基幹システムをフルクラウドで構築し、市場インフラとしての安定性、レジリエンス、サイバーセキュリティ対策の強化を実現する。また、AWS上に構築されたデータレイク「J-LAKE」を中心に、膨大なマーケットデータや開示情報を一元管理し、生成AIを活用した新たなデータサービスや、暗黙知の形式知化を通じた社内業務の効率化を推進する。
JPXは、長期ビジョン「Target2030」において、「グローバルな総合金融・情報プラットフォーム」への進化を目標に掲げている。これは、従来の国内株券売買中心の収益構造から脱却し、JPXが保有するさまざまなデータを広く活用することで、市場の深みを増すことをもくろむものだ。この戦略を推進するためにJPXは、2022年4月にデータ・デジタル関係事業を集約したJPX総研も立ち上げている。
JPX変革の核となるのが、クラウドとAIの活用だ。データを広く市場関係者に提供し利活用を促すためには、オンプレミス環境や専用回線に限定せず、クラウドにデータを載せていく必要がある。日本取引所グループ 常務執行役 CIOの田倉聡史氏は、「データを広く活用していこうとすれば、これまでのようにオンプレミスで顧客と直結つないで提供するやり方ではなかなか広がりが出てこない。クラウドにデータを置くことで我々が直接アプローチできる顧客だけでなく、さらに広い顧客まで間接的リーチできる」と述べる。
JPXは、2024年までの中期経営計画の3年間をIT基盤整備とチャレンジ精神を浸透させる期間とし、現在は2027年に向けたクラウドとAIを中心とした「実りの時期」へ移行している。JPXのクラウド利用の基本方針は、柔軟性や迅速性を確保しつつ、セキュリティ・監査統制の確保とレジリエンス・説明責任の確保を実現することだ。
JPX総研は、AWS上に社内共通基盤プラットフォーム「J-WS」を構築し、セキュリティや監査、運用要件などのガバナンスルールをビルトインすることで、業務システム側の開発迅速化を後押ししてきた。このJ-WSを活用した新規事業として、カーボン・クレジット市場システムが約4カ月という短期間でサービス開始を果たしている。
この成功体験と、AWSとの戦略的連携による環境整備を踏まえ、JPX総研は、適時開示情報伝達システムであるTDnetをJ-WSで構築する。TDnetは、上場会社の重要情報を市場に迅速かつ正確に伝達し、インサイダー取引規制上の公表措置を完了させるもので、極めて重要性の高い準基幹システムと言える。その稼働は2027年度を目指しており、この移行は取引所業における重要機能へのフルクラウド適用を実現するものだ。
TDnetのクラウド移行により、レジリエンスを大幅に強化する。AWSの東京リージョンと大阪リージョンの両リージョンを活用した冗長構成により、広域災害時でもダウンタイムを大幅に短縮し、安定稼働を実現する。
なお、クラウドをTDnetのようなクリティカルなシステムに適用する上で、「日本の金融機関が、クリティカルな部分でクラウドを活用していく際に、何が大事かと言えばそれは説明責任です」と田倉氏。インシデント発生時に、規制当局や市場関係者に対し、クラウドの仕組みがブラックボックスとなることなく、状況を迅速かつ詳細に開示・報告できる体制が必要だったと説明する。
この点について、JPXはAWSとタスクフォースを設置し、報告のタイミング、深さ、粒度について集中的に議論を行った。この連携の結果、AWSは障害時の初期応答を加速する「AWS Incident Detection and Response(IDR)」の日本語サービスを開始するなど、JPXの要件に応じたサービス改善も進めている。JPXではTDnetのクラウド化の決断に加え、長期的な視点からTDnetよりさらにクリティカルな機能でクラウドを活用する可能性の検証もAWSと進めている。
JPX総研は、J-WS上にデータレイクであるJ-LAKEを構築し、データ利活用基盤の強化を図っている。J-LAKEは、売買系、清算系、マスタ情報などの伝統的なデータに加え、TDnetの移行で得られる適時開示情報や非構造化データといった「新規データ」も統合的に集約する。
このクラウド上のデータプラットフォームを活用し、「新たな価値の発掘」を推進する。具体的には、J-LAKEと生成AIを組み合わせて、投資家向けに文章による効率的な開示資料検索を可能とする「適時開示AI検索サービス」などの新機能開発を進めている。JPXの取引所には3900社以上の企業が上場しており、年間100万ページを超える膨大な開示資料が公表される。それらにAIを適用し、投資家への情報発信機能の高度化をするのだ。
さらに、証券会社のバックオフィス業務が抱える非効率性を解消するため、JPX総研は証券関連団体の情報や市場関連イベント情報をJ-LAKEに集約し、構造化データとして提供することで、業界全体の業務自動化も検討している。
社内では、AI活用をCEO直轄のプロジェクトとして推進し、全社員の約10%をAI推進担当に指名している。「JPX固有の知識やノウハウである暗黙知を形式知化してAIに乗っけていきたい」と田倉氏は述べる。暗黙知の形式知化をAI化の前段として進め、将来的には、規則・ガイドブック検索や開示事例の検索など、上場会社や東証担当者の業務効率化・高度化に生成AIを活用することも考えている。これらを進める上でのJPX社員のAIリテラシーの向上などについても、AWSは継続的に支援している。
J-WS、J-LAKE、そしてTDnetの移行を通じ、JPXはAWSと構築した協力体制のもと、「グローバルな総合金融・情報プラットフォーム」の実現に向けた取り組みを加速させる。AWSは、金融業界における豊富な実績と、生成AIや機械学習などの専門知識を提供することで、JPXのイノベーションのサイクルを加速させ、日本の資本市場の透明性と効率性の向上を推進していく。